君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

「……もう、ここには来ないで」

恭介の顔が、一瞬硬直する。

「……どうして」

小さな声が、私の耳に届いた。

「もう私、あなたのこと好きでも何でもないの。
それに、病気で苦しんでいる時に私のこと嫌いな人にそばにいられたって……迷惑」

わざと冷たく、突き放す言い方をした。
心が突き刺されているように痛い。

恭介が私のことを真っ直ぐに見つめる。

そこには変わらず、嫌悪の色がある。
でも、私を見つめる瞳の奥に、あきらめきれない何かがあるのが分かる。

これ以上、今の恭介と距離が縮まったら。
きっと私が死んだ時に、苦しめてしまう。


―――私を忘れてくれてよかったって、笑えなくなってしまうでしょう?


「それ、本音?」

私は答えなかった。

その代わり、決意は揺らがない。
恭介の目に何かを訴えようとせず、ただ静かに呼吸を整える。彼は短く息を吐き、やがて少し離れて立つ。
私の決断を、受け入れてくれたのだろうか。

「……さようなら」

最後に少しだけ微笑んで、彼に告げた。




恭介は何も言わず、立ち去っていった。
一人きりになった病室。
窓の外には、淡く灰色の冬の光が差し込む。

「奈子ー?」

再び扉が開いて、母の声がした。

「さっき恭介くんとすれ違ったけど……お見舞い、来てくれてたのね」

病室に入って来た母が、私をどこか気遣うように言う。
以前、母には恭介と別れたということだけ伝えていた。

だから、今の私たちの関係を推し量れないのだろう。

「また来てくれたなら、久しぶりにお話したい―――って、奈子?」

母の姿を目にした途端、我慢していた分の涙が溢れた。
止まらない涙が、幾つも筋を作って頬を流れていく。

驚いた顔をしていた母は、少し眉を下げて微笑んで、そんな私のことを優しく抱きしめてくれた。
私は母の胸で、幼子のように泣きじゃくった。