君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

気づくと私は、真っ暗闇の中にいた。
どこを見渡しても、ひとつの光もなく、人影はない。
たったひとりぼっち――その孤独感に、自然と背中が縮こまる。

しゃがみ込んで、息を整えようとするが、体中が硬直している。
ゆっくりとよろよろと立ち上がり、前へ進もうと試みる。
でも、泥の中を歩いているかのように、足が重く、思うように前に進めない。

気持ちばかりが逸るのに、どこへも行けはしない。

誰か、誰か、ひとりにしないで。
ひとりはいやだ、ここは寂しくて怖いから。

そこでひやり、と足に冷たい感覚。

振り向けば、地面から生えた青白い無数の手のような何かが、私の足首をがっしりと掴んでいた。
そのまま引きずられそうになり、必死で抵抗する。

やめて、やめて……「やめ……て……!」



はっと目が覚める。
白い天井が見えて、次に右手に感じる、温かい感触。

「きょ……すけ……?」

ベッド脇に座った恭介が、私を見つめていた。
その手が、私の右手を包むように握っている。

「……すげー汗」

言われて初めて気づく。
私は全身にじっとりと嫌な汗をかいていた。

「なんで……手……」

まだどこかぼんやりとする頭は、思ったことをそのまま口に出してしまう。

「アンタ、すごい魘されてたから」

だから、手を握っていてくれたの?

「私に触るの……嫌なんじゃないの?」

私がそう尋ねれば、恭介が形のいい眉を寄せた。

「そうだよ。
アンタに触ると鳥肌止まんないし、不快感で胃が焼かれそうだ」

「……でも」と恭介がまだ繋がれたままの私たちの手を見つめる。

「それ以上に、アンタが苦しんでる姿見たらほっとけなくなった」

その声には苛立ちと戸惑い、そして温かさが混ざっていた。

その言葉を、嬉しいと思ってしまう。
それと同時に、胸が締め付けられるように痛んだ。

ああ、だめだ。
このままでは私は―――今の恭介のことも求めてしまう。

私は、繋がれた手をそっと離した。
そして、あえて彼女の名前を出す。

「……美優さんは、大丈夫なの?」

「……なんで?」

恭介は私をじっと見返す。

「だって……付き合ってるんでしょ?
それなのに、こんなにここへ来てたら、やっぱり嫌なんじゃないかなって」

けれど恭介は、「ああ……」とどこか気のない返事。

「別れた」

「え?」

思わず聞き返してしまう。

「美優とは別れた」

今度ははっきりと聞き取れた。
さらりと告げられたそれに、頭がついていかない。

別れた? あの子と?
あんなに仲良さそうにしていたのに、

「なんで……?」

恭介は私から目を逸らさないまま答える。

「なんでだろうね」

心は素直に叫んでいる。
”嬉しい”と。

そう思ってしまうことが、たまらなく嫌だった。

私は、恭介の幸せを願っていたはずなのに。
やっぱり私が関わっていると、恭介の幸せを壊してしまうんだ。

左手が、ビリビリと焼けるように痛み始めた。
病気が進行している影響で、麻痺が出始めているらしかった。

これが現実。
身体はどんどん不自由になっていって、近い将来、私は死を迎える。

そして私は、ひとつの決断をする。