君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

「結局、何に使うの」

恭介はそう言って私の手元にある毛糸を見ている。
私は赤の毛糸の玉から、糸を必要な分だけ引き出し、輪っかにして結ぶ。

輪っかの両端を、それぞれの手の親指と小指にかけて、じゃーんと恭介に見せるように掲げた。

「こうするの。あやとり」

「……へぇ」

恭介は明らかに興味がない様子だった。
まぁいいんじゃないとでも言うように、視線を外して読書を開始しようとしている。

私は急いでもう一つ、青の毛糸玉を手に取って同じように輪にして結んだ。

「意外にやってみたら楽しいよ」

「……」

恭介は無言で読書を開始した。

少し残念に思いながら、私はあやとりで遊び始める。

懐かしいな。
小学生の時、確かあれは“昔の遊びを体験しよう”というような特別授業が開かれた後だったと思う。
クラス内でプチあやとりブームが巻き起こった。
私も例に漏れず、色んな技を覚えては友だちと教え合った。

あやとりで遊ぶのは、それ以来だ。
なんだか急に、頭に浮かんでやりたくなったのがこれだった。

昔の記憶を頼りに、手を動かす。

「ほうき」

「はしご」

「東京タワー」

案外、覚えているものだ。
私は一つ完成する度に、恭介に向けてそれを披露する。
恭介は手元の本に目を落とし続けたままだったけれど。

「ゴム」

最後に一番の傑作を披露する。
なんとこれは本当のゴムのようにびよんびよんできるのだ。
そこで、恭介が本を閉じる気配がした。

目を向けると、布団の上に投げ出されていた青のあやとりを、恭介が手に取っていた。
驚いてその姿を見つめていると、恭介がジトっとした目で見返してくる。

「……なに」

「え、と……一緒にやるの?」

「じゃないといつまでも横で五月蝿そうだから。
……で、それどうやるの」

病室の静かな冬の午後。
光が柔らかく差し込み、赤と青の糸が手の中で揺れる。
私たちは互いに目を合わせず、でも確かに心を通わせていた。

元から手先が器用な恭介は、私が教える技をあっという間に習得してしまった。

いとも簡単そうにゴムを作って見せた恭介が、無言でびよんびよんする。
それを数度繰り返した後、あやとりを手から外すと立ち上がった。

「……帰る」

その手には鞄の他に、先ほどの青の毛糸―――あやとりが握られていた。

「意外に気にいった?」

尋ねてみても恭介は答えなかった。

「……また、来るの?」

代わりに、私はそうっと尋ねてみる。
それに、恭介は言葉を選ぶように息を吐く。

「……来るよ」
不器用な言葉。でもその奥には、確かに温かさがあった。

恭介は振り返らないまま、病室を去っていく。

素直じゃないなあ。
私の頬には、自然とほのかな笑みが浮かんでいるのだった。


嫌悪と温もりが混じる、奇妙な空間で。
私たちは少しずつ、歩み寄ろうとしていた。