君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

それから数日、恭介はこまめに病室に現れた。
最初のうちは、ほとんど無言で立つだけだったり、ほんの短い時間で帰っていく日もあった。
嫌悪の影は強く、会話をしたところで時に鋭い言葉が返ってくることもあった。

「きょ……立花くんにとってストレスになるだろうし、無理して来なくたっていいんだよ?」

ある時、そう恭介に言ってみたことがある。
片思い病の恭介にとって、対象者の私と接している時間が長ければ長いだけストレスになるはずだ。
それは私にとっても望むところではなかったから。

でも恭介は、

「うるさい」

それだけ言ってむすっと黙り込んでしまった。
そして次の日もまた、若干むすっとした顔を続けながら私の病室に訪れたから、こっそり笑いそうになった記憶がある。
恭介からは「何ひとりでニヤついてんの、気味悪い」と睨まれてしまったけれど。


そして今日も、恭介はやって来ていた。

病室の中は、冬の陽射しに照らされて白っぽくやわらいでいた。
ベッド脇の椅子に腰かけた恭介は、私に半分背を向ける形で本を読んでいる。

ページをめくるたび、静かな紙の音が響く。

私はぼんやりと、恭介の横顔を眺めていた。

……髪、伸びたなあ。
窓から射し込む光に、少し色の薄い彼の髪が透けて、淡い金色みたいにきらめいている。

「何ずっと見てんの」

本から視線を逸らさないまま、恭介が言う。

だって、いつ見ても綺麗だから。
心の中でだけそう呟いて「鬱陶しかった? ごめん」と軽く謝っておく。

恭介はそれ以上咎めることはしなかった。
代わりにパタリと本を閉じて、横目で私を見やる。

「アンタさ、欲しいものとかないの」

「え……」

きょとんと目を瞬かせれば、恭介がまどろっこしそうに息を吐いた。

「だから、土産だよ。
毎度手ぶらってわけにもいかないでしょ」

確かに恭介からお見舞い品をもらったことはなかったけれど、別に気にしたことはなかった。
それをそのまま伝えると「いいから、なんかないの」とぶっきらぼうに返ってくる。

「じゃあ……毛糸とか」

今度は恭介が目を瞬かせる番だった。

「……毛糸?
本当にそれでいいわけ」

「うん」

「一体何につか……まあいいや。
分かった」

若干不審な顔をしながらも、そう頷いた恭介。

そして。


「……買ってきたけど」

次のお見舞いの時。
恭介は約束通り毛糸を持ってきてくれた。

それも、赤やピンクや青、黄色、と色とりどりの毛糸たちだった。

「わ、こんなにいっぱい……!」

「何色がいいとか知らなかったから」

どこか言い訳するようにそう言って、恭介がベッド脇に腰かける。

恭介が私のために買ってきてくれた。
その事実が嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。

「ありがとう」

「……ん」

恭介とは、決して目が合わなかったけど。
恭介も少しだけ微笑んでくれているような気がした。