君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

―――どうして、恭介がここに?

私の目の前に立つその姿に、息が止まる。

恭介もまた、驚いたように私を見ていた。
病室に入った数歩先、私と距離を置いたまま立ち尽くしている。

沈黙。私たちは見つめ合ったまま、口を開けないでいた。
病室の空気がひんやりと張りつめる。機械のピッという音、遠くの廊下から聞こえる足音―――全てがやけに大きく、私の胸の奥まで届く。

先に沈黙を破ったのは、恭介だった。

「……アンタが、どうしてこんなとこいるの」

いつも、物事を何通りも先読みして話すような恭介にしては、珍しい言い方だと思った。
低く抑えられたその声は、だけど少しだけ震えているように感じた。

「……見ての通り、って感じかな」

そう少し冗談めかして言ってみれば、恭介は再び黙り込んでしまう。
どこか釈然としないような、信じられないというような。
しかし実のところ、恭介が今何を思っているのか。何を考えてここに来たのか分からない。

本当は、恭介に今の姿を見られるのは嫌だった。
ニット帽を引っ張って、より深く被りなおす。

「……見ての通り、って感じかな」

そう少し冗談めかして言ってみれば、恭介は再び黙り込んでしまう。

どこか釈然としないような、信じられないというような。
しかし実のところ、恭介が今何を思っているのか。何を考えてここに来たのか分からない。

本当は、恭介に今の姿を見られるのは嫌だった。
ニット帽を引っ張って、より深く被りなおす。

恭介こそ、どうしてここに?
そう尋ね返そうと口を開いた時、また病室のドアが開く。

「白石さん、今から血液検査を―――あら?
お見舞いの方がいらっしゃってたんですね」

訪ねてきた看護師さんが、そこで恭介の存在に気づく。

「もう帰ります」

恭介が看護師さんに短くそう告げて、それから最後にもう一度私を見た。

「あのさ、
……また来てもいい?」

咄嗟に答えることができなかった。
黙り込んだ私を置いて、恭介は病室から出ていった。

―――どうして?
結局、喉元までせり上がっていた疑問は、声にならずに消えていった。


そして、予告通り。
恭介はまた私の元にやって来た。

私はベッドの上で、ゆっくりと身体を起こした。

相変わらず私と距離を置いて、ベッドに近づくことはない恭介。
その背中のライン、肩の力の入り方、手の位置―――全てが何も語らないようで、しかし全てが語っている。

今度はたまらず私から口を開いた。

「……どうして、来たの?」

恭介と視線が重なる。
私を見つめる目に宿るのは―――「私のこと、嫌いなんじゃないの」

まぎれもない嫌悪の色がそこにあった。

その言葉に、恭介は少しだけ口を開き、そして小さく息を吐いた。

「……嫌いだよ。
アンタを見ると、どうしようもなく不快になるのは変わんない。
……でも……」

言葉が途切れ、彼は目を逸らす。私は息をのみ、彼の次の言葉を待った。

「……でも、俺の中の何かが、反発しようとしてる。
アンタを放っておけないって、騒いでんだよ」

その瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

私を嫌っているはずのその瞳。
しかし、その奥には微かに蠢く、その抑えきれない”何か”
その熱を、確かに見た気がして。

矛盾した感情に、言葉が出ない。

恭介が、一歩一歩と、私に近づいてきた。
そしてゆっくりと手をベッドの縁に置いて、でも私には触れようとしない。

距離は取るけれど、その視線と仕草のすべてが、私の存在を確かに意識していることを伝えていた。

「……まずは、アンタのことを知りたい」

静かに、でも確実に彼の本心がこぼれた。
嫌悪と反発の間にある、あたたかいもの。


私が愛したあなたは、あの日に死んだはずだった。

それでもあなたはまた―――生まれようともがいているの?