君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

それから千尋くんが用事で先に帰って、病室に彩音と二人きりになった。

「それで、アラセンが文化祭でかわいいダンス踊るんだって。
想像しただけで絵面やばいよね」

彩音は努めて明るい口調で、学校でのことなんかを話してくれる。
私は小さく笑ったり、驚いたりしながらそれを聞いていた。

話の合間に訪れる沈黙。
何気なく窓の外を見ると、街路樹の葉が赤や黄色に色づいて、冬の気配をほんのり感じさせていた。

「俺、冬が好き」

唐突に、いつかの日の恭介の言葉を思い出す。

「なんで?」と私が聞けば、
「奈子ちゃんが夏でもくっついてきてくれるから。毎日冬でいい」
そんな風に、笑っていたあの頃。

私の口から、独り言みたいにぽつりと言葉がこぼれた。


「…………もし、恭介が片思い病になってなかったら……きっと、こうなった私の姿を見て、すごく悲しんで苦しんでたと思う」


彩音が目を瞬かせる。私は弱々しく笑った。

「”奈子が死んだら自分も死ぬ”なんて、迷いなく言い切ってた人だから。
本当に後を追うなんてことになりかねなかった」

だからね、と私は続ける。


「今は恭介が、私を忘れてくれてよかったと思うんだ」


言葉にしてみると、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
最後は笑って逝きたい。そう言った私を見て、彩音はなにかを堪えるように唇を震わせていた。

彼女のその顔を見て、私は初めて、自分の言葉がどれほど残酷だったのか気づいた。
でも、それが今の私の正直な気持ちだった。

ごめん、そう謝ることはしなかった。
その代わりにそっと彩音の手を取ると、ぎゅっと握り返された。
その温もりは、まるで彩音の心そのもののようだった。

それからの数日、私は病室で静かに本を読んだり、ぼんやりと窓の外の木々を眺めたりして過ごしていた。
窓の外は冷たい風に揺れる木の葉、淡く傾く陽が病室の床に伸びて、日々の時間をゆっくりと刻んでいる。

その日の午後、静まり返った病室に突然、ドアが軋む音が響いた。
驚いて顔を上げる。

「なん……で……?」


そこに立っていたのは―――恭介だった。