君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

―――それから、私は入院生活となった。

病気の進行は、予想以上に早かった。
「進行は止められないけれど、症状の進みを少し遅らせられるかもしれない」として、医者からは放射線治療を提案された。

私が少しでも長く生きることを、喜んでくれる人がいる。
その思いで、私は放射線治療を始めた。

ベッドに横たわり、天井をぼんやり見上げる。
手のひらで額をなぞると、冷たい感触の中に、いつもあったはずの髪が絡まる。

「……もう、こんなに…」

指に絡んだ髪の束を見て、自然と小さく息をついた。
放射線治療が始まってから、少しずつ髪が抜けていた。
最初は数本、次第に束になり、今は枕やシーツにも広がる。

今や鏡を見ることが怖かった。
見るたびに自分の変化をまざまざと感じてしまうから。
いつも温もりを包んでくれていた髪を失って、冷たい空気に触れる頭。
心まで丸裸にされてしまったように、心細かった。


ベッドの上で目を閉じていると、静かな病室の扉がそっと開いた。

「奈子……大丈夫?」

彩音の声に目を開けると、マスクをつけた彼女が心配そうにこちらを見下ろしていた。
彩音の後ろには千尋くんも立っていた。

二人はこうして、よくお見舞いにきてくれる。

「来てくれてありがとう」

彩音は私のベッド脇にそっと座る。
そして、千尋くんと目を合わせた後、私に向かって何かを差し出した。

「あのね、これ」

それは、綺麗にリボンでラッピングされた袋。

「私たちからのプレゼント」

開けると、中には柔らかいニットの帽子が入っていた。
淡いクリーム色で、寝るときでもかぶれるくらい柔らかい。

「放射線で髪が抜けちゃうって聞いたから……少しでも気持ちが楽になればと思って」

二人は、私が髪の毛のことを気にしているのを、分かってたんだ。
涙があふれそうになるのを必死でこらえる。

「ありがとう……彩音、千尋くん」

千尋くんもそっと目を細めながら、柔らかい声で言った。

「似合うと思うよ。奈子、嫌じゃなければ……かぶってみて」

病気のせいで変わっていく自分が嫌だった。
悲しくて、恥ずかしくて。
そんな自分を見せたくないとばかり思っていた。

でも二人は、そんな私に寄り添って傍にいようとしてくれる。

帽子をかぶると、少しだけ安心した。

「……あったかい……。
ありがとう、大切にするね」

冷たい病室の空気も、少しだけ柔らかくなったような気がする。
何より二人の想いが、温かかった。