君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

―――気がついたとき、白い天井が広がっていた。

目を覚ましたとき、見慣れない白い天井が目に飛び込んできた。消毒液の匂い、規則正しく鳴る機械音。
病院だ、とすぐに悟る。
頭の奥がぼんやりして、身体は重く、動かそうとしても思うように力が入らなかった。

「……奈子」

 声に顔を向けると、椅子に座る千尋くんがいた。
目の下には少し影があり、赤くなった瞳が私を見つめている。

「千尋くん……」

声を出すと、自分の声が思っていたよりも弱く掠れていた。

彼は小さく首を横に振った。

「無理に喋らなくていいよ。
……驚いた。急に倒れたから……すごく、心配した」

千尋くんは、ずっとこうして傍にいてくれたのだろう。

「でも目覚めてくれて、良かった」

その言葉の柔らかさに、胸が締めつけられる。

言うべきか、黙っておくべきか。
私の病気のこと―――そして、余命のことを。

もうこれ以上、千尋くんのことを傷つけたくない。
でも、私と”友だちでいたい”そう言ってくれたこの優しい人に―――もう、嘘をつきたくない。

「……本当のこと、言うね」

千尋くんはもう、何かを察しているのかもしれない。
その瞳はどこか不安に揺れていて、でも決して逸らさずに私の次の言葉を待っていた。

「私……脳腫瘍なの。お医者さんからは、半年くらいしか生きられないって……そう言われてるの」

口にした瞬間、心臓が冷たい手で掴まれたみたいに震えた。
沈黙が、永遠のように感じる。

は、と千尋くんの唇が震えた。
小さく開いて、閉じて。
声を失ってしまったように、言葉は泡になって溶けていく。

「……半年、なんて……そんなの、信じたくないよ……」

喉の奥で絞り出された、かすれた声。
声は震えているのに、私を責める響きはどこにもなかった。

「……このことは、他に誰か知ってるの?」

「お母さん以外には、先生と、彩音だけ」

「……そっか……」

千尋くんが、手を握りしめるように膝に置く。
こちらを見る瞳には、涙が浮かんでいた。

「大事なことを、俺にも話してくれてありがとう。
……苦しかったね」

それでも優しい声と瞳で、そんなことを言うから。

「隠してて、ごめん。
千尋くんにまで、悲しい思いさせたくなくて……」

言葉を絞り出した瞬間、千尋くんの目から一粒の涙が落ちた。
その涙が頬を伝うのを、私はただ見つめることしかできなかった。

「奈子……」

声は震えていたけれど、まっすぐだった。

「悲しい思いなんて、してもいいんだ。
俺は奈子の友だちなんだから。……奈子が苦しいときにそばにいるのが、友だちなんだよ」

胸の奥に温かさが広がって、同時にどうしようもなく切なくなった。
どうして彼は、こんなに優しい言葉をくれるのだろう。
どうして、私はそんな彼をまた泣かせてしまうんだろう。

「……でも、私……あと半年しか生きられないんだよ?」

自分で言いながら、喉が痛くなる。
口に出せば出すほど現実が重くのしかかってきて、息が詰まりそうだった。

それでも千尋くんは、涙を拭いもせずに首を振った。

「それでもいい。半年だろうと一日だろうと、奈子と一緒にいる時間があるなら……俺は奈子の味方でいたい」

その瞳には、迷いがなかった。
弱っている私を突き放すことも、同情だけをぶつけることもなく、ただ隣に立ち続ける覚悟だけが宿っていた。

―――神様には見放されているけれど、その分私には、最高の友人たちがいる。

「……ありがとう……」

さっきは言えなかったその言葉を、心の底から私は伝えた。