君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

十七歳の私が、脳幹部の腫瘍だと告げられるなんて―――。

医師の語る言葉は、どこか遠い世界の話のように聞こえて、それでいて壊れたラジオのように頭の中で何度もリピートされる。
脳幹部グリオーマ、手術不可能、余命半年―――そんな言葉が、数字や医学用語の羅列としてだけ、無機質に私を切り刻む。

ありえない。ありえない話だ。

恭介が奇病にかかって、私が余命宣告を受けるなんて、まるでフィクションの中の出来事みたい。
まるで誰かが、私たちの人生を意地悪に脚本にして、ページをめくるたびに残酷なシーンを挿入しているみたい。

思わず、皮肉のように笑った。
くすりともしない笑いで、唇の端がわずかに引きつくだけ。
笑わなければやっていけないほど、現実の重みが私を押しつぶしてくる。

頭の中で、あの日のことを思い出す。

恭介が倒れ、医師から彼の奇病について知らされた日。
あの時の絶望感と、私の余命宣告が重なる。どっちが珍しいのだろう。
そんな現実逃避のような、くだらない比較をしてしまう。


余命宣告を受けた日から、母の目はいつも私を追っていた。
普通のお母さんとしてじゃなくて、看護師としての目で。

朝、顔を洗うときにふらつけば「血圧下がってるんじゃない?」と声をかけられ、食卓で箸を止めれば「吐き気?」と眉をひそめられる。
母は私を心配しているのだと分かっている。
けれどその度に”余命半年”その言葉が頭に響くようで、息苦しくなる。

以前は一枚だったトーストは、最近半分になった。
それでも調子の悪い朝は、食べきれない時がある。

時間をかけて咀嚼することで、今日は完食することができた。

「ごちそうさまでした」と呟いて、立ち上がろうとした時。

「入院した方がいい。安静にしてれば、少しでも楽に過ごせるから」

母はそう、真剣な顔で言った。
でも、私は首を横に振る。

「どうせ助からないなら、通えるうちに通っておきたいの。
……病院のベッドでじっとしてるだけじゃ、嫌なことばっかり考えちゃう」

そう答えたとき、母の目にうっすら涙が浮かんだのを見てしまった。
その姿が痛くて、目を逸らす。

「……ごめん。何かあったらすぐ先生に言うから。
行ってきます」

まともに母の顔を見ることのできないまま、私は家を出るのだった。