君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

一人になってから、体のだるさが一層重くのしかかってきた。
歩いているのに足が鉛のようで、頭が割れるように痛む。数日前から続いていた症状だったけど、今日は格段に酷い。

人通りの多い駅前を抜ける途中、視界がぐらりと揺れた。
立っていられない。膝が折れ、地面に手をついた。

世界が回っているように、視界が定まらない。

「大丈夫ですか?」

周囲の人たちが驚いた声を上げる。

「誰か救急車呼んで!」

遠のいていく声の中で、私は必死に目を開けようとした。
でも体はいうことをきかず、冷たい地面の感触が頬に伝わる。

「……きょう、すけ……」

そうして、私の意識は完全に闇へと落ちていった。


目を覚ますと、白い天井が見えた。
消毒液の匂い。規則的な機械音。
病院―――私は運ばれたのだと悟った。

「奈子!」

まだ意識覚めやらぬ中、母の声がした。
顔だけを入り口に向ければ、血相を変えた母が、病室に入ってくるところだった。

「急に倒れたって……心配で飛んできたのよ」

「おかあさん、仕事は……?」

ただでさえ忙しい看護師の母が、職場を抜けるのは簡単じゃないはずだ。
なのに、私が倒れたという知らせを聞いて、仕事を途中で抜けてきたらしい。
まだ額にうっすら汗が残っている。

「そんなのいいのよ」

母は私の手を握りしめ、震える声で続けた。

「大丈夫なの? ちゃんと先生に診てもらったの?」

「……うん。でも、まだ結果は」

そう答えると、ちょうど医師が病室に姿を見せた。

「奈子さん、お母さまもご一緒ですね。……診察室までお越しいただけますか」

促され、私と母は並んで診察室へ向かった。

椅子に腰を下ろすと、医師はカルテを閉じて私たちを見据えた。

「検査の結果が出ました」

その声音に、母の指が私の手を強く握りしめる。

「……どうなんでしょうか」母が代わりに問いかけた。

医師は一瞬の沈黙の後、低く告げた。

「脳に腫瘍が見つかりました。かなり進行しています」

「……脳、腫瘍……?」

耳の奥で自分の声が反響した。

「はい。腫瘍がある場所は脳幹部です。ここは生命維持に直結する領域で、手術はできません」

医師がモニターに私の脳のMRI写真を映しながら、説明する。

「放射線で一時的に症状を和らげることはできますが、効果は長くは続きません。
現在の医学では、根治は難しいというのが現状です」

医師は一瞬言葉を切り、私をまっすぐに見た。

「余命は……半年ほどと考えてください」

母が息を呑む音が、やけに鮮明に聞こえた。

時間が止まったようだった。
余命半年―――その言葉だけが、頭の奥で繰り返されている。

「そ、そんな……」
母の声が掠れる。私の手を握る力が、さらに強くなる。

「まだ……まだ十七歳なんですよ? どうして……」

ああ……場違いに乾いた笑みがこぼれそうになる。


―――私はとことん、神様に嫌われているらしい。