君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

最近、身体がどうにも重い。
朝起きても疲れが抜けず、授業を受けていても頭痛がじわじわと広がっていく。痛み止めを飲んでも、ただ多少和らぐだけで消えることはなかった。

その日も例外ではなく、黒板の文字を追うだけで頭がくらくらして、授業の内容なんてほとんど入ってこなかった。
チャイムが鳴り、休み時間になると、私はそっと席を立った。

「……保健室、行こう」

自分に言い聞かせるように呟き、足を運ぶ。

「失礼します……」

扉を開けると、保健室は静まり返っていた。先生の姿はなく、ほんのり薬品の匂いが漂う。
私は空いているベッドに腰を下ろし、スカートの裾を整えてから横になった。
目を閉じると、頭の重さと一緒に意識がふわりと遠のいていく。

そのときだった。

「……な、こちゃ……」

かすれた声が耳に届く。
最初は夢かと思った。
でも、もう一度、はっきりと聞こえた。

「……奈子ちゃん……」

今度ははっきり聞こえた。
私ははっとして身を起こし、声のする方へ顔を向ける。

カーテンをそっと開けた瞬間、息をのんだ。

そこに横たわっていたのは―――恭介だった。

顔は青白く、額には細かい汗がにじんでいる。眉を苦しげに寄せ、うなされながら、頬を伝って涙が流れていた。

「……行かないで……奈子ちゃん……」

その言葉が胸を鋭く貫いた。

あの日、私が私のために殺した恭介が。
幸せになってほしいと願った人が。
私を忘れたはずの人が。

今、こうして私の名前を呼んでいる。

どうして。
どうして、そんなふうに……。

気づけば、手が震えていた。

忘れようとしていた。
忘れられるかもしれないと、思った。
千尋くんの優しさに包まれて、少しずつ前を向こうとしていた。

―――でも。

痛いほどに、分かってしまった。
恭介が心から消えてくれないように、恭介の心の奥底にもまた、私が消えずに残り続けるのだと。

なんて残酷で、なんて報われないのだろう。

私はベッドの横にしゃがみ、そっと恭介の手を握った。驚くほど冷たい指先が、私の指に縋るようにかすかに動く。

「……恭介……」

名前を呼ぶ声は涙で揺れていた。
彼は目を開けることなく、苦しげに息を漏らしながら、それでも何度も私の名前を呼び続ける。

止めようとしても、涙は零れ落ちるばかりだった。
忘れられるはずなんて、なかった。
この声も、この温もりも、私の中に深く、深く刻みつけられていて―――。

私はただ、泣きながら彼の手を握り返すことしかできなかった。