君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

美優に連れられてやってきたのは、人気のない校舎裏だった。

前を歩く美優が足を止めて、こちらに振り返る。
覚悟を決めたような、そんな顔をしていた。

「あの、私は一年の石井美優(いしいみゆう)と言います」

知ってるよ、とは心の中だけで呟いた。

私は壁に寄りかかった。一定の距離を保ち、視線は合わせない。

美優はためらうように次の言葉を口ごもり、手のひらをぎゅっと握る。
しかしすぐに何かを思い直したように意志の強い目をして、私を見据えた。

「ずっと……謝りたいって思ってたんです」

私の指先が、かすかに動く。

「白石先輩と恭介先輩が付き合ってるのは有名で、みんな知ってて……二人は、すごくお似合いだって思ってて。
私、ずっと憧れてたんです。壊そうなんて、思ってなかった。ほんとうに……」

その言葉に、初めて顔を上げた。

美優の表情に悪意はない。

”二人は、すごくお似合いだって思ってて”
それが本心であると証明するみたいに、その目はどこまでも純粋で、誠実そうにさえ見えた。

―――だけど。


「じゃあ……恭介と、別れてくれる?」


私たちの間をすり抜けていくような風が吹いて、制服のスカートが揺れる。

自分でも驚くくらい静かな声だった。
でもその静けさは、堪えていた感情の糸がぷつりと切れたあとの冷たさをはらんでいた。

美優は目を見開いた。
何かを言おうとして、声にならない。

「……あ……」

声が震え、その肩も小さく震える。
やがてぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「……ごめんなさい……できません……。私……今の恭介先輩が……好きなんです……」

そうでしょ、できないでしょう?
それならそんな意味のないこと言わないでよ。

―――余計惨めになるだけだから。

言いかけて飲み込んだ言葉は、魚の小骨のように喉に引っかかっている。
不快感と、どうしようもない無力感。

そのとき、乾いた足音が近づいてきた。