帰りのHRが終わり、放課後が始まりを告げる。
そそくさと教室を出ていく人、いそいそと部活動に向かう人、どこに遊びに行くかと話し合う人、待ち合わせをしているのか席に座ったままどこか気だるげにスマホをいじる人。
それぞれ違いはありつつも、一日を終えた学業からの解放に、みんなどこか清々しい顔をして帰路につく。
私もその一員に見えているだろうか。
彩音は家の用事ということで早退していったから、私は一人で玄関に向かう。
上靴を脱ぎ、下駄箱から靴を取り出して、履いて。
何十回と繰り返してきた動作を、今日もまた繰り返す。
「白石さん」
そこで不意に名前を呼ばれて顔を上げると、少し離れた場所に橋田くんが立っていた。
顔を合わせるのは、この間のピアノコンクール以来だ。
あの日、舞台で無様な姿を晒した私は、そのまま誰とも話さず逃げるようにして帰ったから。
「帰るところ?」
「……うん、橋田くんも?」
「うん。
白石さんも、電車だよね。
よかったら駅まで一緒に帰らない?」
橋田くんの声は、相変わらず穏やかで優しい。
その柔らかさが、いまは何故か心に沁みた。
言葉を探して、結局はただ小さく頷く。
駅前までの道を、二人で並んで歩く。
恭介以外の男の子と二人で帰るなんて、初めてのことだった。
制服の袖がときどき触れそうになる距離に少し戸惑う。
でも決して不快にはならない距離が保たれていて、私は言葉を選ぶようにして口を開いた。
「……あの、コンクール、準優勝おめでとう。
遅くなってごめんね、中々直接言う機会がなくて……」
「ありがとう。今聞けただけで嬉しい」
あの日の私の演奏についてとか、多分聞きたいことは色々とあったはずだ。
でも橋田くんはふわりと微笑むだけで、何も言わなかった。
その距離感が、今の私にはちょうど良くて、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
そのまま駅前まで来たときだった。見覚えのある制服の後ろ姿が視界に入る。
……恭介。隣には、美優がいた。
美優が何かを言って、恭介が横目にそんな彼女を見下ろす。
その口元には、ほんのり笑みが浮かんでいて。
見たくない。
これ以上見ていたくない光景なのに、目が離せない。
ほんの一瞬、目が合った気がしたが、二人ともこちらに気づかぬふりをして笑い合っていた。
胸の奥が、氷水に浸けられたようにひどく冷たくなった。
「……っ、ごめん帰るね」
「……待って!」
逃げるように歩き出そうとした私の手を、橋田くんがそっと引き留める。
多分私は、今にも泣きそうな顔をしていたのだろう。
そんな私と目が合って、橋田くんは少し驚いたように目を開く。
私の手首をつかむ手は優しいまま、けれど決して話さないと意思を感じるような力で、橋田くんが私を見つめる。
「どこか、寄り道でもしていかない?
気分転換ってやつ」
思いがけない提案に、一瞬迷う。
でもこんな気持ちのまま帰りたくもなくて、私はコクリと頷いた。
そそくさと教室を出ていく人、いそいそと部活動に向かう人、どこに遊びに行くかと話し合う人、待ち合わせをしているのか席に座ったままどこか気だるげにスマホをいじる人。
それぞれ違いはありつつも、一日を終えた学業からの解放に、みんなどこか清々しい顔をして帰路につく。
私もその一員に見えているだろうか。
彩音は家の用事ということで早退していったから、私は一人で玄関に向かう。
上靴を脱ぎ、下駄箱から靴を取り出して、履いて。
何十回と繰り返してきた動作を、今日もまた繰り返す。
「白石さん」
そこで不意に名前を呼ばれて顔を上げると、少し離れた場所に橋田くんが立っていた。
顔を合わせるのは、この間のピアノコンクール以来だ。
あの日、舞台で無様な姿を晒した私は、そのまま誰とも話さず逃げるようにして帰ったから。
「帰るところ?」
「……うん、橋田くんも?」
「うん。
白石さんも、電車だよね。
よかったら駅まで一緒に帰らない?」
橋田くんの声は、相変わらず穏やかで優しい。
その柔らかさが、いまは何故か心に沁みた。
言葉を探して、結局はただ小さく頷く。
駅前までの道を、二人で並んで歩く。
恭介以外の男の子と二人で帰るなんて、初めてのことだった。
制服の袖がときどき触れそうになる距離に少し戸惑う。
でも決して不快にはならない距離が保たれていて、私は言葉を選ぶようにして口を開いた。
「……あの、コンクール、準優勝おめでとう。
遅くなってごめんね、中々直接言う機会がなくて……」
「ありがとう。今聞けただけで嬉しい」
あの日の私の演奏についてとか、多分聞きたいことは色々とあったはずだ。
でも橋田くんはふわりと微笑むだけで、何も言わなかった。
その距離感が、今の私にはちょうど良くて、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
そのまま駅前まで来たときだった。見覚えのある制服の後ろ姿が視界に入る。
……恭介。隣には、美優がいた。
美優が何かを言って、恭介が横目にそんな彼女を見下ろす。
その口元には、ほんのり笑みが浮かんでいて。
見たくない。
これ以上見ていたくない光景なのに、目が離せない。
ほんの一瞬、目が合った気がしたが、二人ともこちらに気づかぬふりをして笑い合っていた。
胸の奥が、氷水に浸けられたようにひどく冷たくなった。
「……っ、ごめん帰るね」
「……待って!」
逃げるように歩き出そうとした私の手を、橋田くんがそっと引き留める。
多分私は、今にも泣きそうな顔をしていたのだろう。
そんな私と目が合って、橋田くんは少し驚いたように目を開く。
私の手首をつかむ手は優しいまま、けれど決して話さないと意思を感じるような力で、橋田くんが私を見つめる。
「どこか、寄り道でもしていかない?
気分転換ってやつ」
思いがけない提案に、一瞬迷う。
でもこんな気持ちのまま帰りたくもなくて、私はコクリと頷いた。
