君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

人間というのは、案外図太くできているらしい。
どんなに辛く悲しいことがあっても、ご飯を食べて、寝て、学校に行って勉強して。
今日も私はそんな風に日々を生きている。

「さ、できたよー。食べよ食べよ」

テーブルに料理を並べ終えた母が、私のことを呼ぶ。

「うん、ありがとう」

箸置きと箸を並べ、私は母の向かいに座る。

「いただきます」

母としては、最近痩せすぎな娘のことが気がかりだったらしい。
今日は珍しく午後休をとって、私のために料理を作ってくれていた。
並ぶのはどれも私の好物ばかり。

「美味しい」

パクパクと口に運びながらそう伝えると、母は安心したように笑った。

「食べれるようになって良かった。
……まだ辛いだろうけど、こういうのは時間が解決してくれることもあるからね」

母には、恭介と別れたということだけ伝えてある。
中学の時からの付き合いだった恋人との別れを悲しむ娘に、母はこうして寄り添ってくれる。

「……お母さん」

結局、恭介の病気のことは話せずじまいだ。
優しい母に、もう一歩を踏み出せないのはやはり私の勇気が原因なのだろうか。
それとも、胸の奥に巣くったままの小さな不安からだろうか。

「なぁに?」

「……何でもない」

好物だらけで美味しいご飯も、最近は何を食べても味がしない。
嚙み砕いて胃に入れて、それを繰り返す作業のようだ。

せっかく作ってくれたのに、ごめんなさい。
心の中で呟いて、私はただ作業を続けた。