君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

立花恭介と石井美優が付き合い始めたことは、瞬く間に噂で広まった。

私はといえば相変わらずピアノが弾けないままで、ますます食欲がなくなった。
そんなことをしていたら、体重がごっそりと落ちてしまった。
今の私は、誰がどう見ても気の毒で可哀そうな人間らしい。

「だ、大丈夫……?」

声をかけてきた友人に「大丈夫」と返したその顔も、多分笑えてはいなかったのだろう。
周囲の人たちは、腫れ物を触るかのように私を見ていた。


「奈子……!」

インフル明けで学校復帰するなり、彩音はいつかのように非常階段に私を引っ張っていった。

「ねえ奈子、噂のことなんだけ……」

言いかけた彩音が、私のことを真正面で見つめてはっとしたように口を閉ざす。
その目にはみるみる涙がたまっていった。

「……どうして奈子ばっかり、こんな……」

彩音が悔しそうに涙を流す。
大切な優しい親友。
私はそんな人を泣かせてばかりだ。

「心配ばっかりかけてごめんね」

彩音が私に抱き着くようにくっついた。

「……もう、こんな細くなってぇ……」

そして、益々涙を流す。

「……でもね、もう大丈夫」

私がそういえば、鼻先まで赤くした彩音が顔を上げる。

「―――終わりにしようと思うんだ」