君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

行く当てもなく歩いて、たどり着いたのは音楽室。
今日は吹奏楽部が野球部の試合の応援に行っているから、日中でもきっと誰も来ることはないはずだ。

それにここは、今の私の唯一の安寧。
この場所が守られている限り、どんなに辛くても悲しくても私は恭介のことを諦めないでいられると。

―――でも。

「……なんで……?」

音楽室には先客がいた。

何でよ、恭介。

中にいたのは恭介と……美優。
頭からずっと離れない名前だ。

二人はいつかの私たちのように、床の上に並んで座り込んでいる。
少し開いた入口の隙間から、その光景を目にした瞬間叫びだしたくなった。

どうして?
どうして?
ねえ、どうしてなの?

しかし実際は声にもならず、冷水を浴びせられた時のように歯の奥から震えるだけ。
見開いた目が、乾燥した空気によって水分を失っていく。
それでも閉じることもできず、ひたすらに彼らを凝視する。

「この間は試合に来てくれてありがとうございました。
立花先輩の姿を見つけた時、私本当に嬉しくて……」

黒板を指でひっかく音。マジックテープをゆっくりとはがす音。
弾き方が分からなくなった私のピアノ。
美優のか細く囁くようなその声は、まるで私の嫌いな不協和音そのものだ。

どうして、よりによってこの場所なの?

「……あの、私。
立花先輩のことが好きです。
私と付き合ってくれませんか……」

音が大きくなる。
耳の中に直接叩き込まれるその音が、体の中にまで入り込んで内臓をぐちゃぐちゃに搔きまわしているようだった。

その中で、恭介の声だけがクリアに聞こえる。

「……いいよ」

その瞬間、私は悟った。
私は私の愛した人を、殺してあげないといけないのだと。