最近は、どうも寝つきが悪い。
だから朝もすっきり起きられなくて、今日はとうとう寝坊した。
だからいつものように、お弁当という名の昨夜の残り物詰め合わせを用意する時間もなかった。
なので今日の昼食は購買で調達することにした。
彩音はついてきてくれると言ったけれど、すぐに戻るからと一人でやって来た訳なのだけれど。
「人すご……」
思わず声に出てしまう程度には、購買は人で溢れ返っていた。
正直、舐めていた。
昼食時の混雑がまさかここまでとは思わなかったのだ。
どうせそんなに食欲も湧かないし、適当なパンを数個買えたらいい。
あ、うぐいすパン。あれとか競争率低そう。
列らしきものに並んで、無理なく買えそうなところに目星をつける。
「うわー出遅れた。
相変わらず混んでるわ」
ところで私の目や耳は、雑踏の中でも恭介の姿や声を拾ってしまうようにできているらしい。
「……だる。コンビニ行けばよかった」
気怠げに呟かれた声は、決して大きくなかった。
でも、私を振り向かせるには十分だった。
予想通りすんなり買えたうぐいすパンとついでにあんぱん。
二つのパンを持って列から弾き出された私の視線の先には、やっぱり恭介がいた。
“奈子ちゃんのことならすぐ分かるよ”
そう言って、どんなところにいても見つけ出してくれるのは、恭介の特技だった。
けれど今は逆。
私はどこでも恭介を見つけてしまうけれど、今の恭介はそうじゃない。
私から声をかけない限り、こんな雑踏の中で気づくことはないだろう。
「やっぱ今日はいい。
先戻ってるから」
恭介がそう言って歩き出すのと、曲がり角から女子が現れるのはほぼ同時だった。
あ、と思った次の瞬間。二人がぶつかった。
「す……すみません!」
慌てたような女子の声。
その手に握られているのは缶の飲み物。
上靴の色から、後輩の一年生らしいことが見てとれた。
開封済だったらしいその中身は、見事に恭介の白いシャツを濡らしていた。
思わず体が動きそうになる。
しかしそれを止めたのは、後輩女子の次の行動だった。
後輩女子は着ていたカーディガンを脱ぐと、迷わず恭介の体にそれを押し付けたのだ。
「……何してんの?」
怒っているのかそうでないのか判別のつかない無表情で、恭介は後輩女子を見下ろす。
「すみません、ハンカチもティッシュも持ってなくって……」
困ったように眉を下げて、一生懸命カーディガンで汚れを落とそうとする後輩女子。
初めて見る顔で、名前は知らない。
でも華奢な体格の彼女は、小動物のような愛らしい雰囲気を持っていた。
「いや、それ着れなくなると思うけど」
「だ、大丈夫です!
せめてタオルの代わりになれるなら、きっとこのカーディガンも本望ですから……!」
大真面目な顔で言い放つ後輩女子。
呆気に取られたような顔をした恭介が、ふっと息を漏らす。
「……何それ。変なの」
それは、久しぶりに見た恭介の笑みだった。
心臓が嫌な音を立てる。
何でもないただの一幕。
二人のやり取りを特別騒ぎ立てるような人はいない。
それでも動悸が止まらなくて、胸に抱いたパンが歪に押し潰される。
その時確かに―――何かが変わってしまう予感がした。
だから朝もすっきり起きられなくて、今日はとうとう寝坊した。
だからいつものように、お弁当という名の昨夜の残り物詰め合わせを用意する時間もなかった。
なので今日の昼食は購買で調達することにした。
彩音はついてきてくれると言ったけれど、すぐに戻るからと一人でやって来た訳なのだけれど。
「人すご……」
思わず声に出てしまう程度には、購買は人で溢れ返っていた。
正直、舐めていた。
昼食時の混雑がまさかここまでとは思わなかったのだ。
どうせそんなに食欲も湧かないし、適当なパンを数個買えたらいい。
あ、うぐいすパン。あれとか競争率低そう。
列らしきものに並んで、無理なく買えそうなところに目星をつける。
「うわー出遅れた。
相変わらず混んでるわ」
ところで私の目や耳は、雑踏の中でも恭介の姿や声を拾ってしまうようにできているらしい。
「……だる。コンビニ行けばよかった」
気怠げに呟かれた声は、決して大きくなかった。
でも、私を振り向かせるには十分だった。
予想通りすんなり買えたうぐいすパンとついでにあんぱん。
二つのパンを持って列から弾き出された私の視線の先には、やっぱり恭介がいた。
“奈子ちゃんのことならすぐ分かるよ”
そう言って、どんなところにいても見つけ出してくれるのは、恭介の特技だった。
けれど今は逆。
私はどこでも恭介を見つけてしまうけれど、今の恭介はそうじゃない。
私から声をかけない限り、こんな雑踏の中で気づくことはないだろう。
「やっぱ今日はいい。
先戻ってるから」
恭介がそう言って歩き出すのと、曲がり角から女子が現れるのはほぼ同時だった。
あ、と思った次の瞬間。二人がぶつかった。
「す……すみません!」
慌てたような女子の声。
その手に握られているのは缶の飲み物。
上靴の色から、後輩の一年生らしいことが見てとれた。
開封済だったらしいその中身は、見事に恭介の白いシャツを濡らしていた。
思わず体が動きそうになる。
しかしそれを止めたのは、後輩女子の次の行動だった。
後輩女子は着ていたカーディガンを脱ぐと、迷わず恭介の体にそれを押し付けたのだ。
「……何してんの?」
怒っているのかそうでないのか判別のつかない無表情で、恭介は後輩女子を見下ろす。
「すみません、ハンカチもティッシュも持ってなくって……」
困ったように眉を下げて、一生懸命カーディガンで汚れを落とそうとする後輩女子。
初めて見る顔で、名前は知らない。
でも華奢な体格の彼女は、小動物のような愛らしい雰囲気を持っていた。
「いや、それ着れなくなると思うけど」
「だ、大丈夫です!
せめてタオルの代わりになれるなら、きっとこのカーディガンも本望ですから……!」
大真面目な顔で言い放つ後輩女子。
呆気に取られたような顔をした恭介が、ふっと息を漏らす。
「……何それ。変なの」
それは、久しぶりに見た恭介の笑みだった。
心臓が嫌な音を立てる。
何でもないただの一幕。
二人のやり取りを特別騒ぎ立てるような人はいない。
それでも動悸が止まらなくて、胸に抱いたパンが歪に押し潰される。
その時確かに―――何かが変わってしまう予感がした。
