君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい

それから滞在を許されるギリギリの時間まで、私たちは寄り添って過ごした。

離れたくない。
だって明日になったら、恭介が私を覚えている保証はない。
それなら思い出してくれている間だけでもそばにいたい。

そんな思いを振り切るように、私は声に出して言う。

「……そろそろ帰らないとね」

とっくに日は沈み、外はもう真っ暗になっていた。
恭介には施設の門限があるし、私もいつもあまり遅くならないうちに帰ってくるよう母に五月蝿く言われている。

「……そうだね」

それに、これ以上躊躇ってしまったら本当に離れられなくなる。
ずっと一緒にいてと縋りつき、きっと恭介もそれを拒否しない。
でもまだ未成年で大人の庇護下になる私たちに、それは許されない。

恭介、と名前を呼べば伏せられた長い睫毛が震えて。
髪の色と同じく少し色素の薄い瞳と見つめ合う。

「もし明日になっても私のこと覚えてたら……電話でもメッセージでも何でもいいから連絡して」

恭介は絶対覚えてるよとも、忘れないよとも不確証なことは言わなかった。
その代わり、深く何かを飲み込むようにして「うん」と頷いたのだった。


せめて1日でも長く、恭介が私を覚えてくれますように。
それだけを祈りながら迎えた翌日の朝。

―――そんな祈りさえも届かなかったことを知る。

一番に確認したスマホには、恭介からの電話もメッセージも何も届いていなかった。

恭介なら、覚えていたらきっと朝一番に連絡をくれる。
そんな確信があるからこそ、絶望的な気持ちになった。

それでも、僅かな望みをかけて学校に行った。

C組は、次は移動教室での授業らしい。
私が廊下に出たタイミングで、恭介が二人の友人と共に向かいから歩いてくる。

「……あ……」

私のことなどまるで見えていないかのように、素通りする恭介。
恭介の友人の内の一人が、どこか気遣わしげにこちらを振り返っていた。

何もおかしくないのに、乾いた笑みがもれる。

「また、忘れられちゃった」

どうせ覚めてしまうのならば、夢なんて見たくなかったのに。