君が私を忘れたことを、私はよかったと笑いたい



好きな人が自分のことを好きって、つくづく奇跡のようなことだと思う。


「でさ、今週はどーしても山二郎のこってりニンニクマシマシラーメンが食べたい気分なの。
奈子、付き合ってくれない?」

目的地までの道のりを、だらだらと話しながら歩く私たち。
「いいよ」と頷けば、隣の宮野 彩音(みやの あやね)が嬉しそうに笑った。

「ありがと。
普通の友だちとは中々行けないからさぁ。
かといって、仮にも花のJKが一人で山二郎を食べにいく勇気はまだない」

「確かに、一人山二郎はハードル高いかも。
私も彩音以外とは行くことないだろうな」

他の友だちと行くなら、SNSで見つけたお洒落なカフェとか、もしくは無難にファミレスか。
その点、中学からの親友である彩音となら、そういうところを何も気にせず店選びができるというものだ。

「……あ。
奈子、あれ」

目的地である2ーCのクラスはもう目の前。
彩音の視線を追えば、その出入り口そばの廊下で向かい合う男女の姿。

「立花くん、あの……これよかったら食べてください。
甘いの好きって聞いたから……」

そう言って可愛らしくラッピングされた手作りお菓子らしきものを差し出すのは、確かB組の女子。
女の子らしい雰囲気の可愛い人だ。

対する男の方は、背が高くて、少し色素の薄い髪。
バランスの整ったその顔は、世間一般からしてもイケメンと呼ばれる部類だろう。

「悪いけど、好きな人以外の手作りとか無理」

それに対して、男は迷いなく切り捨てた。
肩を落として去っていく女子の姿を見た彩音が呟く。

「あーカワイソ。
相変わらずモテるけど塩対応だね〜、奈子以外には」

その言葉と同時くらいに、男がこちらの存在に気づく。
そして、私と目が合うとふわりと微笑んだ。

「奈子ちゃん」


彼―――立花 恭介(たちばな きょうすけ)は私の恋人だ。


「どうしたの?」

尋ねてくる恭介に、私は手に持っていたものを見せる。
先ほどの女子と比べたら、随分簡易的な袋に入ったそれ。

「今日調理実習だったの。
これも手作りなんだけど……渡していい?」

「奈子ちゃんの手作りならいるに決まってる」

即答して、袋を受け取る恭介。
ちなみに中身はクッキーだ。

「よかった。
断られてたら腹ペコ運動部男子のおやつになるところだった」

うちのクラスの運動部男子たちはいつも大体お腹を空かせているから、きっと喜んで胃袋におさめてくれることだろう。
冗談混じりにそう言えば、恭介が真顔になる。

「は、何それ。
むしろ俺以外に渡そうものならそいつの明日はないと思って」

「わあ不穏」

白石 奈子(しらいし なこ)、十七歳。
友人にも恋人にも恵まれて、我ながら充実した学校生活を送っていると思う。

「いや〜愛されてますねぇ」
私たちの会話を聞いていた彩音が、囃すように言う。

「昔の立花はさぁ、誰も近寄らせない雰囲気で全てが敵!って感じだったのに。
それが今や奈子Loveの奈子命だもんね」

「まあね」

彩音の言葉を、さらりと認める恭介。
それから私に向き直って言う。

「今日、放課後委員会に出ないといけないらしいから少し遅れる」

「分かった。待ってるね」

そうしているうちに予鈴が鳴り始め、「やばっ」と彩音が声をもらす。

「またあとで」

恭介に手を振って、私は彩音と共に自分のクラスへと急ぎ足になるのだった。