《後日談:煩悩との戦い》
◯稀和の家・リビング・稀和視点【12月の金曜日・夜】

 リビングのラグの上に座る稀和。その稀和の膝に、詩生は頭を置いている。こたつに入った詩生はぶかぶかの稀和のトレーナーを着て、幸せそうにテレビを見ている。

 稀和(今日は学校の昇降口で唐突に、詩生が『今日は俺の家誰もいなくて寂しいから、稀和の家泊まっていい?』なんて言うものだから、クラスメイト数人から凄い形相で睨まれた)
 稀和(詩生は俺のものだぞーって、学校では自慢げにぎゅっと詩生を抱きしめて周りを威嚇したけど、家に帰ってからは詩生に一ミリも触れられない)
 
 詩生がもぞっと動くだけで、稀和はピクッと動く。
「はぁ」とため息をこぼしながら、頭を押さえる。

 稀和(……煩悩しか生まれない)

 詩生「稀和、大丈夫? 寒い?」

 詩生は心配そうな顔をして、稀和を見上げる。

 稀和(お願いだから……動かないで欲しい。俺はもう、悟りを開かないとダメだ)

 稀和「寒くないよ。ただ……今、煩悩との闘いが辛い」
 詩生「煩悩……?」
 稀和「詩生、お願いだから動かないで」
 詩生「あー……そういうことか」

 詩生は仕方ないなぁとでも言いたげに、起き上がる。

 詩生「じゃあ、俺が膝枕してあげるよ。ほら、ここに寝て」

 詩生が自分の膝をポンポンと叩く。
 
 稀和(詩生は意地悪だ。大学合格するまではダメって言われたから頑張ってるのに、こうして俺の理性を試してくる)

 稀和は詩生の膝に恐る恐る頭を乗せる。詩生の甘い匂いが増したような気がして、心臓が跳ねる。
 詩生が優しく髪を撫でてくる。

 詩生「稀和の髪、さらさら」

 甘い声を上げながら、幸せそうな顔をする詩生。

 稀和(詩生が可愛すぎて、辛い)
 
 ──煩悩、再燃。
 必死になって、堪える稀和。

 詩生「稀和」
 稀和「なに……?」

 少しだけ顔を動かして、詩生の方を見上げる。次の瞬間。詩生がちゅっと頬にキスを落とす。
 稀和は固まる。

 稀和(……無理)
 稀和(詩生……俺はいつまで耐えたらいいんですか)

 稀和の修行は──まだ、続く。

【後日談・了】