《7話:俺の愛しのヘタレ攻め》
◯詩生の部屋【11月半ば・日曜日・付き合った翌朝】

 朝日がカーテンの隙間から差し込む。眩しさから目を覚ました詩生は、伸びをしながら起きる。枕元に置いていたスマホを手に取ると、ロック画面には稀和からのメッセージ通知。

 詩生(……また、稀和と付き合えたんだ)

 詩生は自然と顔が緩むのを感じながら、通知をタップ。トークアプリを開く。

 稀和〈詩生、おはよう〉
 稀和〈今日も会いたい。ダメ?〉

 稀和からのメッセージが2つと、くりくりした目が特徴的な甘えるような犬のスタンプ。
 
 詩生〈おはよう、稀和〉
 詩生〈会いたいけど、勉強しなきゃ〉

 詩生も2つ、メッセージを送る。
 すぐに既読がついて、稀和から拗ねたような犬のスタンプが送られてくる。

 稀和〈勉強教えてあげるのに〉
 詩生〈ほんと?〉
 稀和〈当たり前だよ。俺は詩生の彼氏だから!!!〉
 詩生〈それ、言いたいだけでしょ〉
 稀和〈バレた〉
 
 稀和からの慌てる犬のスタンプ。

 詩生〈お昼ごはん買って、家行くね〉

 詩生はふふっと笑う。

◯稀和の家・ダイニング【同日・昼過ぎ】

 詩生は稀和の家の近所にあるカレーやでチキンカレーをテイクアウトしてきた(※チキンカレーは稀和の好物)。
 二人でダイニングテーブルに向かい合って座り、食べ始める。詩生がひとくち食べて、その美味しさに悶絶している時に、稀和が何かを思い出したように「あ」と声を上げる。
 詩生は「ん?」と、稀和を見る。

 稀和「詩生、あのさ……進路迷ってるって言ってたよね」
 詩生「うん。やりたい仕事っていうのが、まだよく分かんなくて。この時期に悩むってやばいよねぇ……」
 稀和「じゃあ、詩生。これ……どう?」

 稀和がそっとスマホを詩生の前に差し出してくる。テーブルの上に置かれたスマホの画面を見れば、『アイドル発掘オーディション』の文字。しかも、アメリカを拠点としたグローバルアイドルの募集要項。

 詩生(何……これ)
 
 詩生は苦い顔をする。
 顔を上げてみれば、稀和はきらきらとした目で詩生を見ている。

 詩生「稀和……なんで、これを俺に?」
 稀和「世界で活躍するアイドル……詩生ならなれそうだなって。ここに、一芸ある人って書いてる。詩生の護身術、絶対に海外ファン虜にするよ」
 詩生「えぇ?」
 稀和「そして俺は、詩生の隣で詩生のために歌って踊る……」

 稀和は胸の前で両手を握り、惚けたような顔をする。
  
 詩生(まさかの、稀和と俺がアイドル……)

 一瞬だけ、脳内に歌って踊る二人の姿が浮かぶ詩生。でも、すぐに首を横に振る。

 詩生(いや、あり得ないから)
 
 詩生は「はぁー……」とため息。

 詩生「却下」
 稀和「なんでぇ。詩生かわいいから向いてるよ。うちの学校の姫とかアイドルとか言われてるじゃん」
 詩生「それとこれとは別」
 稀和「だめ?」
 詩生「だーめ。アイドルになりたい人は生半可な気持ちじゃないよ。軽い気持ちで目指すもんじゃない」
 稀和「そっか」
 詩生「そもそも、俺は音痴──」
 稀和「じゃ、じゃあ、詩生は俺だけの永遠のアイドルになろ? ファンサいっぱいして。俺が詩生を推すし、貢ぐ」

 稀和は手を伸ばして、詩生の左手をぎゅっと握ってくる。

 詩生「ねぇ、稀和絶対、それさせるためにこの話題出したでしょ」
 稀和「……」

 すすすすーっと視線を逸らす稀和。
 はぁと息を吐くも、稀和が可愛くてたまらない詩生。

 詩生「じゃあ、今からファンサしてあげるから、お口あーんして」

 詩生は右手のスプーンでカレーをすくって、稀和の前に出してあげる。
 
 稀和「俺の彼氏のファンサがすごい。ああ幸せ!」

 稀和は目を潤ませる。

 詩生「はやく」
 稀和「うん」

 口を開ける稀和。ぱくっと食べさせてあげる詩生。

 詩生(稀和のためにも、早く夢を見つけたいな……。稀和を養ってあげられるくらい、ビッグな男になりたい……)
 ※詩生は見た目は可愛いが、中身は好きな子は守ってあげたいタイプ(ただし、受け)。
 
◯学校の職員室【数日後、昼休み】

 詩生は最新の進路調査票を持って、担任のもとに行く。担任は紙を受け取るなり、詩生を二度見。その手元にある紙には、これまで書いていた日本の志望大学ではなく、アメリカの大学ばかり。※稀和がピックアップしてくれた大学。

 担任「千景……これはどういう」
 詩生「稀和とアメリカに行こうかと思って」

 スパっと言い放つ、詩生。あまりの潔さに、担任は呆気にとられる。

 担任「何かしたい……とか、決まったのか? ようやく」
 詩生「いえ、まだ。でも……俺、もともと外大に行こうとしてたから、アメリカに行って現地のこと学びながら夢探すのもいいかなって」
 担任「親御さんはなんて?」
 詩生「むしろ、背中押されました」

 昨夜は久々の家族大集合で、両親に「アメリカの大学に行く」と言ったら、喜ばれたのを思い出す詩生。デフォルメ絵でぎゅっと父と母、姉から抱き着かれる描写。
 
 担任「稀和のおかげで、お前も変わったな」
 詩生「はい」
 担任「頑張れよ」
 詩生「ありがとうございます」

◯職員室前の廊下【同日・続き】

 詩生が「失礼しました」と職員室から出ると、稀和が窓から快晴の空を眺めながら、誰かと電話中。楽しそうにくすくす笑っている。その姿を見ながら、詩生は口元を緩める。

 詩生(夢はまだないけど……俺たちはまだ若いし、きっと何にでもなれる)

 詩生は後ろから勢いよく抱き着いてみる。

 稀和「うわっ」

 驚く稀和。電話の向こうから『おい、何かあったのかよ』という、千和の声。稀和のスマホを覗いてみれば、千和とのテレビ通話。

 詩生「来年、稀和とそっちに行くからよろしくね!」

 詩生は稀和の手にあるスマホに向かって、話しかける。

 千和『おい、マジかよ』

 驚いた表情の千和。
 
 詩生「マジだよ、稀和はもう俺のものなので」
 千和『さっそくバカップルかよ。めんどー』

 そう言いながら髪をガシガシ掻くも、少しだけ千和の声は嬉しそう。

 稀和「それじゃあ、またね」
 千和『へいへい。千景、稀和のことよろしくな』
 詩生「はーい」

 通話を切る稀和。詩生の方を見て「へへ」と笑う。

 詩生「なぁに」
 稀和「詩生が『稀和はもう俺のもの』って」
 
 詩生は稀和に抱き着いたまま、ニコッと笑う。

 詩生「俺も稀和のものだからね」

 稀和、顔を真っ赤にして「俺の彼氏、やっぱり天使なのかも」と呟く。
 
◯駅前の書店・受験関連の本が置かれた棚の前【数日後、放課後】

 稀和と一緒に、海外の大学受験関連の本を見ている詩生。そこに一玖が通りかかる。

 一玖「詩生さん、稀和さん。よく会いますね」
 詩生「ほんとだね。今日は……」

 詩生は一玖の手にある難しそうな本を見て、表情を曇らす。物理やら、宇宙やら。

 一玖「あ、これは趣味の本です。俺、将来は宇宙関連の仕事につきたくて」
 
 照れくさそうに話す一玖。
 
 詩生「宇宙かぁ……すごいね」

 詩生はまだ自分の夢がないので、少し肩を落とし気味。それに気づいた稀和、後ろから詩生の両肩に触れる。

 一玖「でも、詩生さんもアメリカに行くんですよね。すごいなぁ」

 一玖は詩生の手元の本に視線を向ける。
 稀和は詩生の肩に手を置いたまま、じっと一玖を見ている。

 詩生「すごい?」
 一玖「はい。俺、宇宙関連の仕事にはつきたいけど、海外は怖くて」
 詩生「そうなんだ。俺は夢って言えるものがまだないんだけど……稀和がいてくれるから、好きなものを活かせる仕事をアメリカで探してみようかなって」
 
 詩生は目を伏せる。一玖は微笑む。

 一玖「凄く素敵なことだと思いますよ。詩生さんのこと、俺も応援してます」
 詩生「へへ。ありがと」
 
 詩生も笑うと、稀和がむっとする。それを一玖は苦笑い。

◯駅前通り【同日・続き】

 詩生は歩きながら、横目で稀和を見る。二人の間には少しの距離。
 詩生はそっと手を伸ばして、稀和の左手に触れる。稀和、目を見開きながら詩生を見る。

 稀和「手……つないでよかったの?」
 詩生「なんで悪いの?」
 稀和「人が多いし」
 詩生「今更じゃない? この前なんか、路上で痴話げんかしてたのに」

 詩生は人気のない路上で、泣きながら稀和とぶつかったこと(6話)を思い出して、くすっと笑う。
 稀和は頬を赤くしながら「もうずっと離さない」と言う。耳まで真っ赤。

 詩生「うん、離さないで」

 詩生は愛おしさで胸がいっぱいで、目を細める。
 
 詩生「稀和。俺ね……夢見つけたら、稀和に一番に話すね」
 稀和「うん。そしたら、俺が詩生の夢、一番に応援するね」
 
 二人は握る手に、きゅっと力を込める。

 詩生(稀和がいれば、俺はきっとどんなことも頑張れる気がする)

 詩生「稀和……俺のこと迎えにきてくれて、ありがとう」
 
 それを聞いた稀和、詩生に向けて、満面の笑みを浮かべる。


【了】