《4話:たぶん、最初からずっと》
◯文化祭・3年7組の教室前【10月上旬・2日目の午後・模試後の自由時間】
 
 詩生(2学期が始まって、早1ヶ月。今日は学内に女子がやって来る文化祭の2日目。おかげで、俺たちは三年で模試の自己採点を終えたばかりだっていうのに、うちのクラスの奴らはやたらと浮足立っている)
 ※3年は2日目の午前中まで模試。午後から自由時間。
 
 教室からゾロゾロ出ていく、クラスメイトの姿。その表情は明るく、多くの仲間たちの手には生徒会から配布された手作りパンフレット。
 詩生も教室から出て、文化祭が行われている1、2年の校舎に向けて歩き出す。隣にいる呉山(くれやま)も、彼女が来るので、そわそわしている。

 呉山「千景、ごめん。今日は涼音(すずね)が来るから、別行動でいい?」
 詩生「良いよー。彼女によろしく伝えて」
 呉山「ありがと! それじゃ!」

 呉山は走ってどこかへ行く。
 その時、すっと隣にやって来たのは稀和。

 稀和「詩生、どこ見に行く」

 さっとパンフレットを開いて、詩生の前に差し出す稀和。
 
 詩生「さも当たり前みたいに言うね」
 稀和「詩生の隣は俺の特等席だし」
 詩生「誰も許してないけど?」
 稀和「ダメ? 詩生のそば離れたくない」

 稀和にうるっとした目で見られて、うぐっと言葉を詰まらせる詩生。
 
 詩生(稀和と再開してから、もう1ヶ月近く。最初は俺様演出をしてきて正直うざかったけど、最近の稀和は違う。俺様攻めとは程遠くて……むしろ、わんこ味出して来た気がする)

 詩生「仕方がないなぁ。迷子にならないならいいよ」
 稀和「うん」

 満面の笑みで詩生の横にピッタリと張り付く稀和。
 
 稀和「あっ、詩生。たしか、たい焼き好きだったよね? 最初はたい焼きに行こう」
 詩生「たい焼き? 誰の記憶?」

 詩生が指摘すると、稀和は「えっ」と言って目を見開く。

 詩生「元カノ?」
 稀和「元カノなんかいない! 俺には詩生しかいない! 詩生一筋だよ!」

 慌てて否定する稀和。

 稀和「詩生の好きなところ、全部行こうと思ったのに……初っ端からミスした」

 へにょへにょになる稀和。
 
 詩生(千和くんが変なアドバイスをしなくなったからなんだろうな。飛び抜けて頭が良いし、容姿だって抜群。なのに、この通り。ハイスペ感はどこへやら)

 詩生「ごめんごめん。意地悪しちゃった。俺が好きなのはたこ焼きだよ。惜しかったね」
 稀和「よかった! じゃあ、たこ焼き行こ」

 フニャッと笑う稀和。
 
 詩生(ちょっとダメなところが昔の稀和みたいな感じがして、可愛い)

 詩生「そういえば、稀和。あとで一玖くんも来るって言ってたけど、少し会ってもいい?」
 稀和「い、嫌だ……」

 心底嫌そうな顔をする稀和。

 詩生「そんなに嫌?」
 稀和「うん。……アイツ、詩生が好きだし」
 詩生「いや、ただの腐男子仲間だから」
 稀和「毎週お茶してたら、絶対詩生のこと好きになる」

 稀和は拗ねたように口を尖らせる。
 ※詩生と一玖は毎週カフェでBL談義をするようになった。

 詩生(稀和って……俺がノーマルって知ってるんだよね? なんでそんなに心配するんだろ)

 詩生は眉をひそめる。
 
 詩生(もしかして、この前した話、稀和にちゃんと伝わってない?)

◯回想:帰り道・駅前通り【二週間前・9月半ば】
 
 詩生は千和から指摘された件を稀和に言えずにいた。自然と隣には稀和。信号待ち。

 詩生(稀和に言うべき……だよね。でも、どうしよ。今更、俺は稀和の可愛いところが大好きだったとか、言えない。言ったら……俺、また稀和のこと……)

 信号が青に変わって、考え込みながら歩く詩生。渡り終えたところで、稀和が「詩生はこっち」とぐいっと詩生の腕を引く。信号を渡った先では、詩生が車道側になるところを、稀和が場所を入れ替わる。
 立ち止まって、詩生は目を見開く。
 昔は「稀和は危なっかしいから、こっちね」と詩生が車道側を歩いていたのが頭に浮かぶ。

 詩生「稀和ってば、そんなことするようになったんだ」
 稀和「あ……うん。詩生の受け売り」

 稀和も止まる。少し恥ずかしそうに俯く稀和。
 詩生は「そっか」と目元を緩める。伝えようと決める。
 
 詩生「稀和には言ってなかったけど、俺ね、稀和の顔真っ赤にするところとか、ちょっとヘタレなところとか、すごく好きだった」

 稀和が跳ねるように顔をパッと上げる。
 
 稀和「そうなの?」
 詩生「うん。すごく、大好きだった。俺、自分がノーマルだって思ってきたけどね、稀和が初恋」

 稀和は目を輝かせる。
 
 稀和「い、いまは?」
 詩生「俺様感あるときあるから、苦手」

 稀和はがくっと項垂れる。

 詩生「でも、稀和。聞いてくれる?」
 稀和「なに?」
 詩生「俺ね、ありのままの稀和がいい。稀和だけだよ、俺が可愛いって思うのも。これまで、好きになった人も」

 稀和が涙目になる。

 稀和「ヘタレでいいの?」

 詩生は「うん。稀和はそのままがいい」と笑う。

 
◯現在・教室前の廊下【文化祭2日目の午後】
 
 詩生「稀和。この前も言ったけど、俺は稀和以外に可愛いとか、好きとか思ったことないよ」

 一度言ってしまえば、あとは言える詩生。
 
 稀和「う……うん」

 稀和はごくっと唾を飲む。顔を真っ赤にする。何かを言おうと口を開くも、なかなか言葉が出ない。

 詩生「稀和、どうしたの?」
 稀和「詩生……あのさ。えっと……文化祭の間、俺と手、繋いで。それなら、笹原(ささはら)くんと会ってもいいよ」

 言っちゃった、どうしよう。みたいな心の声が聞こえて来そうなくらい稀和はきゅっと目を瞑る。※後ろに汗が飛ぶ描写。

 詩生「俺たちもう付き合ってないから無理」

 稀和は目を開けて、「そんなぁ」と言いながらも、うるうるした目。
 ※詩生には『でも、でも、俺以外好きになったことないんでしょ?』なんて声が稀和の後ろに浮かんで見える。
 
 詩生「……稀和って、ずるいよね(見た目かっこいいのに、かわいくて)」
 稀和「ずるい?」

 詩生は「はい」と手を出す。

 稀和「え?」
 詩生「手、繋いだら一玖くんと会ってもいいんでしょ?」
 稀和「……っ! うん!」

 稀和が嬉しそうに目元を緩めて、詩生の手に触れる。
 きゅっと掴む稀和の耳は真っ赤。
 詩生も少しドキドキしている。そして稀和を見上げて、微笑む詩生。

 詩生(稀和、かわいい。……ほんとかわいい)
 
◯文化祭【2日目・午後・続き】

 たこ焼きの屋台や女装カフェ、書道部の展示物などあるこれ文化祭を回る二人。るんるんの稀和。詩生と手を繋いでいるのを目撃する男子たちからの突き刺さる視線も、何のその状態。

 詩生「あ、一玖くん来たみたい。校門にいるって」

 体育館前のところで、スマホを見ながら言う詩生。稀和がしゅんとしょげた感じになる。
 
 詩生「……稀和。そんな顔されたら、俺行けないんだけど」
 稀和「じゃあ行かないで」
 詩生「せっかく来てるんだから、会わないなんて無理でしょ」
 稀和「……」
 詩生「何回も言ってるけど、俺、一玖くんには惹かれないよ? ただの友達」
 稀和「じゃあ、俺もただの友達?」
 詩生「それは……」

 詩生(稀和のこと、俺は今どう思って……)

 顔が急に熱くなって来る詩生。耳まで赤くなる。
 稀和は目をぱちくり。でもすぐに、口元を緩める。何か気づいた様子。

 稀和「詩生……少しだけ待ってる。行って来ていいよ」
 詩生「いいの?」
 稀和「うん。待ってる。でも……早く帰って来てね。じゃないと俺、詩生のこと攫っちゃうかもしれないから」
 詩生「えぇ……? 物騒なこと言わないでよ」
 稀和「……ごめん」
 詩生「まぁいいけど。じゃあ、行って来る」

 手を振って、校門へ向かう詩生。
 その背を見ながら、稀和は「詩生。また俺のこと好きになってくれるかもしれない」と呟く。

 
◯校庭【文化祭・2日目、続き】

 校門から入ってすぐの校庭のベンチに座る一玖。詩生は一玖が好きそうな甘い物をいくつか買ってきていて、そっと差し出す。

 詩生「待たせてごめんね。はい、これ。一玖くん甘い物好きでしょ」
 一玖「あ、ありがとうございます」

 受け取る一玖の顔は赤い。
 詩生はその隣にそっと腰掛ける。

 一玖「今日は稀和さんと一緒じゃないんですね」
 詩生「あ……いや、えっと」
 一玖「あ……さっきまで一緒だったんですね」

 少し元気をなくす一玖。

 詩生「同じクラスだからね」
 一玖「いいなぁ、同じクラス」
 詩生「そう?」
 一玖「俺も、詩生さんと同じ学校で同じクラスだったらよかったのに」
 詩生「えー? そうかな──」
 井野「うわ。千景、こんなところで浮気かよ」

 急に背後から声がかかる。振り向くと、そこには稀和の友人である井野(いの)嵩下(かさした)
 
 嵩下「稀和が泣くぞ。さっきまであんなに嬉しそうに手を繋いでたのに」

 一玖は「手を…」と呟いて、きゅっと唇を噛む。

 詩生「浮気って、違うし。友達と会ってるだけ」
 井野「そうなん? まぁ、稀和も今頃ナンパされてるところだろうし、おあいこか」
 詩生「え? ナンパ?」
 嵩下「あいつ、めちゃくちゃモテるからなー。たぶん、今頃は囲まれてるんじゃね?」

 詩生(でも、稀和は俺が好きで……。だけど、稀和が誰かに取られるかもって思ったら、心臓が痛い)

 みるみる顔色が悪くなる詩生。
 それを見た一玖、「詩生さん」と声をかける。

 詩生「何?」
 一玖「稀和さんのところ、行ってください」
 詩生「え?」
 一玖「稀和さんのことがすごく大事なんだなって……思ったんで」
 詩生「行ってもいいの?」
 一玖「その言い方は行きたくてたまらないって言う風に聞こえます」
 詩生「ごめんね」

 詩生が謝ると、一玖は眉尻を下げる。

 一玖「今度は稀和さん含めて、一緒に漫画のお話しましょうね」
 詩生「ありがとう!」

 詩生は駆け出す。
 残った一玖を挟むように、井野と嵩下がベンチに座る。

 井野「ごめんな、邪魔して。俺ら稀和を応援してんだ」
 一玖「いえ、俺が……ヘタレなだけで」
 嵩下「あー、お詫びにこれ食べて」
 
 二人は持っていたものをどんどん一玖に渡して、餌付けをし始める。

 井野「稀和、千景のことになるとマジでバカだからさ。アメリカで飛び級で卒業したのに、また日本の高校通うんだぞ? 頭いいくせにアホじゃね?」
  嵩下「でも、それだけ必死だとさ……応援したくなるんだよ。あの二人、中学の頃からかなり似合いのカップルだったからさ」

 二人が話すのを一玖は目を細めて聞く。

 一玖「……ヘタレ攻めだけど、執着攻めみたいな人だなぁ。そりゃ、負けちゃうか」

 小さく呟いて、青空を見上げる、一玖。

 一玖「……凄いな、稀和さん」


◯稀和の待つ体育館前

 ダッシュで稀和のもとに向かう詩生。

 詩生(……たぶん、最初からずっと。俺は稀和のこと、好きだった。だって、俺がヘタレ攻め好きになったのは、稀和と付き合ったから。……ずっとずっと俺の心の中には、稀和がいた)

 慌てて戻る詩生は、数名の女子グループに囲まれている稀和を目撃。
 ※ただし、詩生以外に稀和は塩対応。詩生が稀和を助けた中2の頃を彷彿する、無気力感。ただのクール系イケメンになっている。

 詩生(稀和ってやっぱり、モテるんだ)

 はぁはぁと肩で息をする詩生。

 女子1「ねぇ、連絡先教えてよ」
 稀和「無理です、スマホないんで」

 稀和はスマホを手に持って、詩生から返事が来ないから無表情で眺めている。スマホの画面は詩生とのトーク画面。
 
 女子2「今、持ってるけど?」
 稀和「あー、連絡先教えるスマホはないんで」

 ちらりとも見ずに、詩生の連絡だけを待つ稀和。
 
 女子1「ひどい。じゃあ、彼女とかいないの?」
 稀和「いませんし、必要ないです」
 女子3「え〜、モテそうなのに」
 稀和「興味ないんで」
 女子2「それじゃ、好きなタイプは?」

 そう言われて、ようやく女子たちを見る稀和。
 
 稀和「俺よりも圧倒的に強い子。普段は優しいのに、人のためなら人格変わるくらい男前な感じが、もうたまらなく好き。あと、天使みたいな見た目してるのに、女の子扱いされると怒るのが可愛い」

 急に饒舌に語り出す稀和。女子たち「「「えぇ……?」」」と引く。

 詩生(稀和……なんてこと話してるの)

 顔真っ赤になる詩生。ゆっくり近づきながら、泣きそうになる。

 詩生(……俺のこと、そんなに好きなの?)

 その時、詩生に気づく稀和。

 稀和「詩生っ!」
 
 稀和は満面の笑みを浮かべる。周囲にいた女子たち「ひいっ」と声が上がるほどの、キラースマイル。

 詩生(あぁ、ダメ。ダメダメダメ。俺、もう稀和のこと……直視できない────!)

 稀和が女子を放置して駆け寄って来る。
 詩生は稀和の顔が見れないどころか、眩しすぎて眩暈がする。  
 くらっとしてしまい、稀和がガシッと体を抱き止める。

 稀和「詩生、大丈夫?」

 心配そうに見つめられた瞬間、詩生は限界を悟る。

 詩生(稀和に好きって伝えたかったのに……)

 詩生は「稀和……無理」と言い残し、気絶。

 稀和「え? え? えぇっ?」

 戸惑う稀和。

 稀和「詩生────っ!!!!」

 詩生を抱き留めたまま、叫ぶ稀和。
 ドバッと大粒の涙を目に溜めて「詩生、詩生」と呼び続けるのだった。