《3話:エセ俺様攻めは不可です》
◯稀和の回想:人通りの少ない駅近くの裏路地【四年前・中学二年の春】
人通りが少ないが、稀和の前にガラの悪い他校の二人組が立ちはだかる。壁の方に追いやられている稀和の顔は、もはや無。諦めの表情。
稀和(俺が詩生を好きになったのは、中学二年の春。あの日の俺は千和とそっくりな見た目のせいで、『好きな子を千和に盗られた』と言いがかりをつけてくる他校のヤンキーに絡まれていた)
ヤンキー1「お前さ、ミキのこと振ったらしいな?」
稀和「知らないです」
ヤンキー2「ミキはお前に振られたって言ってたんだぞ!」
稀和「知らないです」
ヤンキー1「俺たちはお前の写真も見てんだからな? 知らないが通用すると思うなよ?」
ヤンキー1から制服のブレザーの胸元を掴まれる稀和。
だが、稀和は無表情。
稀和「知らないです」
稀和(あの頃の俺は問題児の千和のせいで何かと災難に巻き込まれていて、色んなことを諦めてた)
ヤンキー1「お前、ふざけんな」
稀和「ふざけてないです」
ヤンキー2「いや、ふざけてるだろ」
稀和(殴るなら、早く殴ってどっか行ってくれたらいいのに……。なんて思っていたら、俺の前に天使が現れた)
詩生「ねぇ、そこの人たち。そいつ、双子の弟の方だと思うよ」
どこからともなく、聞き覚えのある少し高めの声がする。
ヤンキーたちが振り返る。稀和もその方向を見ると、小柄な詩生が立っている。
ヤンキー1「なんだよ、この可愛い奴」
ヤンキー2「男? ミキより可愛いじゃん」
ヤンキーたちは顔を見合わせる。
詩生「俺の性別は別にいいでしょ。その人離してあげてよ」
堂々と仁王立ちして言う詩生。
ヤンキー1「なんでだよ」
詩生「人違いだからでしょ」
ヤンキー2「なんだよ、その態度」
詩生「そっちこそ、その態度は何?」
ヤンキー1「お前には関係ないだろ」
そう言った瞬間、詩生が髪の毛をガシガシと掻き始める。
詩生「あー……めんどくせぇな。早くその手どけろっつってんだよ? わかんねぇのかよ」
急に凄む詩生。小さい体なのに、ヤンキーたちが怯むほどの迫力。ヤンキーたちは固まる。だけど、稀和の頭の中で大きな鐘がゴーンと鳴る。目を見開く、稀和。
稀和(俺はこの瞬間、詩生に惹かれた。小柄で可愛いのに、あまりに逞しくて)
詩生「おい、こら聞こえねぇのかよ。その手、どけろっつってんだろうが」
詩生は近づいて、ヤンキー1の手をガシッと掴み、捻りあげる。
ヤンキー1「いてててててて」
ヤンキー2「やっくん!」
ヤンキー1「いてぇよ、離せよ!」
涙目になるヤンキー。
詩生はそれを見ながら、にっこり笑う。
詩生「離したら、もう絡まない?」
ヤンキー1「絡まねぇ!」
詩生「嘘ついたら、再起不能にするまでお前らぶちのめすからな」
詩生は腹の底から低い声を出して、手を離す。
怯えるヤンキー。「こいつやべぇよ」と慌てて逃げ出す。
詩生は「ふぅ」と小さく息をついて、稀和を見る。
稀和の心臓は早鐘が鳴るようにドキドキしている。
詩生「大丈夫だった?」
ころっと表情を変えて、いつものように穏やかになる詩生。
稀和「う……うん」
胸元を直しながら、こくりと頷く稀和。
詩生「よかったぁ。でも、稀和くん、なんで千和くんじゃないって言わないの」
稀和「俺のこと知って……」
詩生「知ってるよ。朝比奈稀和くん。千和くんは俺様って感じだけど、稀和くんは大人びててかっこいいなって思ってたから」
稀和「……え」
詩生「でも、稀和くんは俺より弱そうだね。護身術教えてあげよっか?」
詩生はふふっと笑う。その笑顔がやたらと優しい。
稀和「護身術?」
詩生「うん。俺、可愛い顔してるじゃん? そのせいで誘拐されそうになったことあって。いろんな武道させられたんだよね」
稀和「そうなんだ」
詩生「だから、稀和くんなんか五秒あれば倒せるよ」
稀和が瞬きをしているうちに、詩生の姿が消えた。かと思ったら、身体が反転。稀和の身体は地面に押し倒されていた。詩生は稀和の背中を押さえつけている。
詩生「あ、ごめん、やりすぎちゃった。痛かったよね?」
稀和の身体から手を離して、立ち上がらせてくれる詩生。その手に触れながら、稀和は恥ずかしさと胸の高鳴りで、「大丈夫」と言いながらも顔を赤く染め上げる。
稀和(こんなにかっこよくて、可愛い詩生に惚れない選択肢なんて、俺にはない。この日から俺は、詩生の虜になった)
◯現在・詩生視点:高校の職員室前【始業式から1週間と少しが経った放課後】
担任から進路について、たっぷりの小言を聞かされた詩生。先生から「英語は満点なんだけどなぁ…」とお小言を言われるデフォルメ絵。
げんなりとしながら、職員室から出てくる。
詩生(受験……やだなぁ)
俯きながらとぼとぼ歩くと、ぽすっと誰かにぶつかる。
顔を上げたら、稀和。※詩生の分の荷物も持ってきているが、詩生は気づいていない。
稀和「何ボーッとしてんの」
詩生「別になんでもない」
俺様感のある稀和の態度に、そっぽを向く詩生。稀和を避け、スタスタと歩き出す。
詩生(……始業式から、まだ1週間ちょっとしか経ってないのに。どこにいっても毎日、稀和の俺様演出をくらって正直、俺は疲れてる)
◯回想1:授業中の教室
詩生がうたた寝。ハッと起きると、ノートの上には板書されたルーズリーフ。『先生が強調してたとこ、補完しておいた』のメモまで。稀和を見れば、ドヤ顔。
詩生(……俺が寝てたとこ、全部カバーしてるし、分かりやすい。ハイスペかよ)
◯回想2:階段の踊り場
先生に掲示物貼るの頼まれて、仕方なく作業をする詩生。さっと後ろからやってきた稀和が、ささっと高い位置の掲示物を貼る。これまたドヤ顔。
詩生(身長高い自慢かよ)
◯回想3:図書室
詩生が探していた英語の小説を、稀和が先に借りている。図書室に入るなり、稀和が来て「詩生が読みたがってたやつ、俺が借りといた」とドヤ顔。
詩生(……昨日、ちょっと呉山と話してただけなのに、なんで知ってるの。怖っ)
◯現在:職員室前の廊下
詩生(それだけでなくて、昇降口や購買の列にもいるし、トイレ前、帰り道……他にもいろいろ待ち伏せされてさ、もう疲れた)
稀和「詩生」
稀和は詩生の名前を呼び、追いかけてくる。
稀和「詩生ってば」
隣にやって来るも、詩生はスルー。
稀和「詩生、待って」
腕を掴まれて、ようやくとまる詩生。
詩生「何……?」
稀和「これ、詩生が気になってそうな学科ごとの倍率と偏差値。大学ごとにまとめてある」
稀和に資料を渡される詩生。1枚目を見るだけでも、情報量が凄い。
詩生(……うわ、俺より詳しい。しかも、担任の言ってきたことまで予測済みなの?)
パラっと最後までめくると、一番下はなぜかアメリカの大学。
詩生が「なんでこれを」と聞こうとしたら、その前に稀和が話し出す。
稀和「あと詩生の分の荷物、俺が持って来たからこのまま帰れる」
詩生「なんで」
稀和「俺が詩生の荷物持つのは当然でしょ」
ドヤ顔をする稀和。※俺様演技中。
詩生「別に頼んでないけど」
稀和「でも、付き合ってた時はいつも一緒に帰ってた」
詩生「もう別れたよね、俺たち」
稀和「……だけど、俺は詩生と帰りたい」
ぽつりと呟く稀和。※素の稀和が出てしまう。
詩生は少しだけ黙ってから、肩をすくめて「俺の邪魔しないならいいよ」と言う。
稀和はぱあっと顔を明るくする。
詩生はそれを見て、ごくっと唾を飲む。
詩生(あれ? なんだろ、昔の稀和みたいで可愛い──じゃないっ! 何考えてるんだ、俺!)
パシッと自分の顔を叩いて、稀和から顔を背ける。
詩生「バッグ、ありがと。返して」
稀和「ん。はい、これ」
稀和が差し出したスクールバッグを、詩生は受け取る。
詩生「帰るよ」
稀和「うん」
詩生の後ろをとことことついて来る稀和。
※本人はかっこよく歩いているつもり。だが、側から見れば、耳と尻尾が生えているわんこ状態。浮足立つ。
◯学校の敷地外【同日・放課後】
校門にはほとんど人がいない。だが、学校の外に出てすぐ、急に「詩生さん」と呼び止められる。
詩生が振り向く前に、稀和が詩生の視界を塞ぐように導線を塞ぐ。まるで番犬のように。
稀和「詩生は俺が守るから後ろ下がってて」
詩生「いや、俺の方が強いから」
詩生は稀和の腰に触れながら、ひょいっと顔を覗かす。すると、門のところになぜか一玖がいる。
詩生「あれ? 一玖くんどうしたの?」
一週間ぶりの一玖との再会に、詩生が一玖のもとに行こうとする。だが、表情を曇らせた稀和は詩生の手をグッと掴んで離さない。ギロっと一玖を睨む。一玖は一瞬だけ息を呑む。
詩生は「稀和、邪魔」と容赦なく、手を振り払う。
稀和「……っ」
言葉にならないショックを受けた稀和は、目を見開いて、しゅんとする。少し離れる。
それを見た一玖が「詩生さん、ちょっとだけ話せますか?」と聞いてくる。
詩生「あー。うん。いいよ」
稀和は二人きりにさせてはいけないと顔を上げて「俺も一緒に聞く」と言い出す。
詩生「え? 稀和は関係ないでしょ。家に帰りなよ」
稀和「……!」
涙目になる稀和。それを見た一玖、なんか稀和が可哀想になって「あの!」と間に入る。
一玖「連絡先を知りたかっただけなので、ここで大丈夫です」
詩生「え? あぁ、この前……交換できなかったもんね」
一玖「はい」
詩生と一玖がスマホをポケットから取り出す。それを見て焦るように稀和もズボンのポケットに手を突っ込む。
詩生「これが俺の連絡先」
一玖「ありがとうございます。じゃあ、スタンプ送りますね」
詩生「うん」
連絡先を交換した詩生と一玖は軽いやり取り。それを見てもやもやした稀和が「俺もする」と言って、スマホを出す。
※本人はかっこよく割り込んだつもりが、 実際は耳としっぽが生えたわんこがスマホ差し出してる様子。
一玖「え?」
詩生「なんで稀和が?」
稀和「詩生の番号知りたい」
詩生「俺のは昔と変わってないよ」
詩生(稀和から連絡来るかもって……ずっと変えてなかったんだから)
だが、稀和は「俺のは変わってる」と言う。それに少しショックを受けてしまう、詩生。
詩生(……稀和の、変わってたんだ)
一玖は一瞬だけ悲しげな表情をした詩生を見てしまう。目を少し逸らす。
稀和「あっち行ってすぐに、スマホ水没してデータ消えたから」
詩生は「え?」と顔を上げる。
稀和「詩生にずっと連絡したかった」
稀和がまっすぐな目で、詩生を見る。
詩生(稀和の顔、俺様とは違う。でも、ヘタレな稀和でもない。だけど……なんでかな、目が離せない)
固まっていた詩生を邪魔するように、一玖が「コホン」と咳をする。
詩生(……一玖くんがいたんだった)
一玖がいたことを思い出した詩生は「一玖くん、ごめんね」と、稀和とは連絡先を交換せずに、一玖の方を向く。
稀和は「あ……」と声を漏らして、一玖と詩生を見た後、自分のスマホに視線を落とす。一生懸命、気持ちを抑えるようと左手は握り拳を作る。
一玖は稀和を意識しながら、口を開く。
※稀和と一玖の間では無言で、詩生を奪い合うバトルが繰り広げられている(お互いヘタレなので派手さはない)
一玖「詩生さん、あの……また、お茶したいです」
詩生「うん。しようしよう。俺も一玖くんともっとたくさんお話したい」
一玖「本当ですか?」
明るい表情を見せる一玖に対して、詩生の後ろで湿った雰囲気の稀和。きのこが生えている。
詩生「また連絡するね」
一玖「はい! 楽しみにしてます。それじゃあ、また!」
前は稀和にビビって逃げるように立ち去った一玖だが、今回は明るく別れる。
一玖に「気をつけてね」と言いながら手を振る詩生。
そのあとすぐに、詩生は何もなかったような顔で稀和の方を向く。
稀和は苦虫を噛み締めたような顔をしている。
詩生「稀和、なんて顔してるの」
稀和「何でもない」
稀和は目を逸らす。
詩生「何でもない顔じゃないよ。お腹でも痛い? 大丈夫?」
稀和「違う。ボロ出ないように我慢してるだけ」
素直に言ってしまう、稀和。
詩生は一瞬、ぽかんとする。
詩生「我慢? 何の?」
詩生の問いに、稀和の涙腺が緩む。
稀和「……俺、かっこ悪いから」
詩生「かっこ悪い? どこが?」
稀和「俺、ヘタレでかっこ悪い。だから、千和みたいにならないと──」
そこまで言いかけて、稀和はハッとして、口を閉ざす。
詩生(……千和くんみたいにならないとって、どういう意味?)
稀和の言葉で、詩生の中に1つの疑惑が生まれる。
詩生「……あのさ、もしかして稀和、千和くんに何か言われた?」
詩生は嫌な予感がして、眉間にしわを寄せる。
稀和「え? ……かっこよくないと千景のそばにはいられないぞ……とか、好きな子にはグイグイいけとか?」
詩生「そうなの?」
稀和「うん。だから俺、詩生に早く会えるように飛び級したんだよ。あと、筋トレとかも頑張ったから、前より強くなった。ようやく詩生を守れそう」
稀和がふふんと自慢げな顔をする。
詩生「稀和……それって、俺のために?」
恐る恐る聞く詩生。
稀和「うん。詩生のためにかっこよく──」
稀和は途中まで口にして、しまったという顔。一瞬で黙ってしまう。
詩生「……そっか。あいつのせいか」
詩生は「チッ」と舌打ちをする。
稀和は「えっ? えっ?」と戸惑う。
詩生(……俺の可愛かった稀和に何てことしてくれたんだよ、あのクソバカ野郎)
詩生は握り拳をつくる。
頭の中で詩生は、アメリカとの時差を計算。向こうは早朝だろうが、家に帰ってから、すぐに電話をかけて叩き起こしてやろうと決意。
◯自宅・詩生の部屋【同日・夕方】
家に帰るなり、荷物を床に置いてから制服のズボンからスマホを取り出す。千和の向こうで使っている電話番号に電話をかける詩生。
※中学卒業前に、千和からなんかあったら連絡してと、連絡先を渡されていた。
千和『…………なに、こっち早朝』
詩生「おい」
腹の底から低い声を出す詩生。
千和『あー……誰?』
詩生「千景詩生だよ」
千和『千景? ……あぁ、あの』
詩生「お前さぁ、よくもまぁ、稀和に変なこと吹き込んでくれたなぁ?」
喧嘩モードONの詩生。
※詩生は普段はにこにこしているが、キレると怖い。
千和『ん?』
詩生「どこぞのバカクソ野郎が変なこと吹き込むから、稀和が超中途半端な俺様ハイスペ攻めになってるんですがぁ?」
詩生は苛立ちを隠さず、言い放つ。
千和『えぇ……そのバカクソ野郎って、俺のこと?』
詩生「お前以外に誰がいるんだよ! なんで稀和に変なこと吹き込んだんだよ、ありえねぇ」
詩生は口汚く言い放ってから、「はぁ」とため息をつく。
千和『え〜〜〜だって、あいつ、ヘタレだろ。アメリカじゃ、男らしくねぇって浮くし。お前だって、元彼がかっこよくなる方がよくねぇ?』
電話の向こうから同じく千和のため息が聞こえて、詩生はぎりっと歯軋りをする。
詩生「浮くとかどうでもいいわ。俺はヘタレの稀和がいいんだよ!」
千和『……え? 何? ああいうのが好みなん? じゃあなんで、それを言ってやらねぇんだよ。俺にキレる筋合いねぇだろ』
詩生「……稀和には言ったよ。たぶん」
千和『いや、たぶんって何だよ。言ってねぇだろ。じゃなきゃ、あいつあんな必死になってねぇし』
千和の言葉が、詩生にクリティカルヒットする。 押し黙る詩生。
詩生(えぇ? ……俺、ちゃんと言ってなかったの? だから……こんなことに? うわ、俺、最悪だ)
詩生「千和くん、ごめん。ボロクソ言って。八つ当たりした」
千和『いや……俺もなんか、悪いな』
詩生「ううん。大丈夫」
千和『大丈夫じゃねぇだろ。拗れてんならさ、俺があいつを立派なヘタレに逆戻りさせようか?』
詩生「いや、もう黙ってて。ビジネスヘタレなんかいらないから」
千和『ひでぇ』
詩生「だからもう、稀和に変なこと言わないで。俺が稀和をどうにかするから」
千和『大事な弟だから、泣かさないでやってくれよな』
詩生「……できる限りは。じゃあね」
詩生はそう言って、通話を切る。はぁーと息を吐いて、胸に手を当てる。
詩生(……稀和は、俺のために頑張ってたんだ)
じわりと目尻に涙が滲む。夜風が部屋のカーテンを揺らしている。
ふとベッドの上に置かれた、始業式の日に買った漫画が目に入る。
詩生(あの漫画の主人公と……稀和は同じ。俺のせいで……無理させてた)
ぐっと唇を噛んで、詩生はスマホをズボンのポケットに入れる。
詩生(……少しだけ、頭冷やそ)
詩生は掃き出し窓を開けて、外に出る。胸元をぎゅっと押さえて、夜空を見上げた。空は星が少しだけ見えて、詩生は眺めながら「ごめんね、稀和」と呟く。
◯稀和の回想:人通りの少ない駅近くの裏路地【四年前・中学二年の春】
人通りが少ないが、稀和の前にガラの悪い他校の二人組が立ちはだかる。壁の方に追いやられている稀和の顔は、もはや無。諦めの表情。
稀和(俺が詩生を好きになったのは、中学二年の春。あの日の俺は千和とそっくりな見た目のせいで、『好きな子を千和に盗られた』と言いがかりをつけてくる他校のヤンキーに絡まれていた)
ヤンキー1「お前さ、ミキのこと振ったらしいな?」
稀和「知らないです」
ヤンキー2「ミキはお前に振られたって言ってたんだぞ!」
稀和「知らないです」
ヤンキー1「俺たちはお前の写真も見てんだからな? 知らないが通用すると思うなよ?」
ヤンキー1から制服のブレザーの胸元を掴まれる稀和。
だが、稀和は無表情。
稀和「知らないです」
稀和(あの頃の俺は問題児の千和のせいで何かと災難に巻き込まれていて、色んなことを諦めてた)
ヤンキー1「お前、ふざけんな」
稀和「ふざけてないです」
ヤンキー2「いや、ふざけてるだろ」
稀和(殴るなら、早く殴ってどっか行ってくれたらいいのに……。なんて思っていたら、俺の前に天使が現れた)
詩生「ねぇ、そこの人たち。そいつ、双子の弟の方だと思うよ」
どこからともなく、聞き覚えのある少し高めの声がする。
ヤンキーたちが振り返る。稀和もその方向を見ると、小柄な詩生が立っている。
ヤンキー1「なんだよ、この可愛い奴」
ヤンキー2「男? ミキより可愛いじゃん」
ヤンキーたちは顔を見合わせる。
詩生「俺の性別は別にいいでしょ。その人離してあげてよ」
堂々と仁王立ちして言う詩生。
ヤンキー1「なんでだよ」
詩生「人違いだからでしょ」
ヤンキー2「なんだよ、その態度」
詩生「そっちこそ、その態度は何?」
ヤンキー1「お前には関係ないだろ」
そう言った瞬間、詩生が髪の毛をガシガシと掻き始める。
詩生「あー……めんどくせぇな。早くその手どけろっつってんだよ? わかんねぇのかよ」
急に凄む詩生。小さい体なのに、ヤンキーたちが怯むほどの迫力。ヤンキーたちは固まる。だけど、稀和の頭の中で大きな鐘がゴーンと鳴る。目を見開く、稀和。
稀和(俺はこの瞬間、詩生に惹かれた。小柄で可愛いのに、あまりに逞しくて)
詩生「おい、こら聞こえねぇのかよ。その手、どけろっつってんだろうが」
詩生は近づいて、ヤンキー1の手をガシッと掴み、捻りあげる。
ヤンキー1「いてててててて」
ヤンキー2「やっくん!」
ヤンキー1「いてぇよ、離せよ!」
涙目になるヤンキー。
詩生はそれを見ながら、にっこり笑う。
詩生「離したら、もう絡まない?」
ヤンキー1「絡まねぇ!」
詩生「嘘ついたら、再起不能にするまでお前らぶちのめすからな」
詩生は腹の底から低い声を出して、手を離す。
怯えるヤンキー。「こいつやべぇよ」と慌てて逃げ出す。
詩生は「ふぅ」と小さく息をついて、稀和を見る。
稀和の心臓は早鐘が鳴るようにドキドキしている。
詩生「大丈夫だった?」
ころっと表情を変えて、いつものように穏やかになる詩生。
稀和「う……うん」
胸元を直しながら、こくりと頷く稀和。
詩生「よかったぁ。でも、稀和くん、なんで千和くんじゃないって言わないの」
稀和「俺のこと知って……」
詩生「知ってるよ。朝比奈稀和くん。千和くんは俺様って感じだけど、稀和くんは大人びててかっこいいなって思ってたから」
稀和「……え」
詩生「でも、稀和くんは俺より弱そうだね。護身術教えてあげよっか?」
詩生はふふっと笑う。その笑顔がやたらと優しい。
稀和「護身術?」
詩生「うん。俺、可愛い顔してるじゃん? そのせいで誘拐されそうになったことあって。いろんな武道させられたんだよね」
稀和「そうなんだ」
詩生「だから、稀和くんなんか五秒あれば倒せるよ」
稀和が瞬きをしているうちに、詩生の姿が消えた。かと思ったら、身体が反転。稀和の身体は地面に押し倒されていた。詩生は稀和の背中を押さえつけている。
詩生「あ、ごめん、やりすぎちゃった。痛かったよね?」
稀和の身体から手を離して、立ち上がらせてくれる詩生。その手に触れながら、稀和は恥ずかしさと胸の高鳴りで、「大丈夫」と言いながらも顔を赤く染め上げる。
稀和(こんなにかっこよくて、可愛い詩生に惚れない選択肢なんて、俺にはない。この日から俺は、詩生の虜になった)
◯現在・詩生視点:高校の職員室前【始業式から1週間と少しが経った放課後】
担任から進路について、たっぷりの小言を聞かされた詩生。先生から「英語は満点なんだけどなぁ…」とお小言を言われるデフォルメ絵。
げんなりとしながら、職員室から出てくる。
詩生(受験……やだなぁ)
俯きながらとぼとぼ歩くと、ぽすっと誰かにぶつかる。
顔を上げたら、稀和。※詩生の分の荷物も持ってきているが、詩生は気づいていない。
稀和「何ボーッとしてんの」
詩生「別になんでもない」
俺様感のある稀和の態度に、そっぽを向く詩生。稀和を避け、スタスタと歩き出す。
詩生(……始業式から、まだ1週間ちょっとしか経ってないのに。どこにいっても毎日、稀和の俺様演出をくらって正直、俺は疲れてる)
◯回想1:授業中の教室
詩生がうたた寝。ハッと起きると、ノートの上には板書されたルーズリーフ。『先生が強調してたとこ、補完しておいた』のメモまで。稀和を見れば、ドヤ顔。
詩生(……俺が寝てたとこ、全部カバーしてるし、分かりやすい。ハイスペかよ)
◯回想2:階段の踊り場
先生に掲示物貼るの頼まれて、仕方なく作業をする詩生。さっと後ろからやってきた稀和が、ささっと高い位置の掲示物を貼る。これまたドヤ顔。
詩生(身長高い自慢かよ)
◯回想3:図書室
詩生が探していた英語の小説を、稀和が先に借りている。図書室に入るなり、稀和が来て「詩生が読みたがってたやつ、俺が借りといた」とドヤ顔。
詩生(……昨日、ちょっと呉山と話してただけなのに、なんで知ってるの。怖っ)
◯現在:職員室前の廊下
詩生(それだけでなくて、昇降口や購買の列にもいるし、トイレ前、帰り道……他にもいろいろ待ち伏せされてさ、もう疲れた)
稀和「詩生」
稀和は詩生の名前を呼び、追いかけてくる。
稀和「詩生ってば」
隣にやって来るも、詩生はスルー。
稀和「詩生、待って」
腕を掴まれて、ようやくとまる詩生。
詩生「何……?」
稀和「これ、詩生が気になってそうな学科ごとの倍率と偏差値。大学ごとにまとめてある」
稀和に資料を渡される詩生。1枚目を見るだけでも、情報量が凄い。
詩生(……うわ、俺より詳しい。しかも、担任の言ってきたことまで予測済みなの?)
パラっと最後までめくると、一番下はなぜかアメリカの大学。
詩生が「なんでこれを」と聞こうとしたら、その前に稀和が話し出す。
稀和「あと詩生の分の荷物、俺が持って来たからこのまま帰れる」
詩生「なんで」
稀和「俺が詩生の荷物持つのは当然でしょ」
ドヤ顔をする稀和。※俺様演技中。
詩生「別に頼んでないけど」
稀和「でも、付き合ってた時はいつも一緒に帰ってた」
詩生「もう別れたよね、俺たち」
稀和「……だけど、俺は詩生と帰りたい」
ぽつりと呟く稀和。※素の稀和が出てしまう。
詩生は少しだけ黙ってから、肩をすくめて「俺の邪魔しないならいいよ」と言う。
稀和はぱあっと顔を明るくする。
詩生はそれを見て、ごくっと唾を飲む。
詩生(あれ? なんだろ、昔の稀和みたいで可愛い──じゃないっ! 何考えてるんだ、俺!)
パシッと自分の顔を叩いて、稀和から顔を背ける。
詩生「バッグ、ありがと。返して」
稀和「ん。はい、これ」
稀和が差し出したスクールバッグを、詩生は受け取る。
詩生「帰るよ」
稀和「うん」
詩生の後ろをとことことついて来る稀和。
※本人はかっこよく歩いているつもり。だが、側から見れば、耳と尻尾が生えているわんこ状態。浮足立つ。
◯学校の敷地外【同日・放課後】
校門にはほとんど人がいない。だが、学校の外に出てすぐ、急に「詩生さん」と呼び止められる。
詩生が振り向く前に、稀和が詩生の視界を塞ぐように導線を塞ぐ。まるで番犬のように。
稀和「詩生は俺が守るから後ろ下がってて」
詩生「いや、俺の方が強いから」
詩生は稀和の腰に触れながら、ひょいっと顔を覗かす。すると、門のところになぜか一玖がいる。
詩生「あれ? 一玖くんどうしたの?」
一週間ぶりの一玖との再会に、詩生が一玖のもとに行こうとする。だが、表情を曇らせた稀和は詩生の手をグッと掴んで離さない。ギロっと一玖を睨む。一玖は一瞬だけ息を呑む。
詩生は「稀和、邪魔」と容赦なく、手を振り払う。
稀和「……っ」
言葉にならないショックを受けた稀和は、目を見開いて、しゅんとする。少し離れる。
それを見た一玖が「詩生さん、ちょっとだけ話せますか?」と聞いてくる。
詩生「あー。うん。いいよ」
稀和は二人きりにさせてはいけないと顔を上げて「俺も一緒に聞く」と言い出す。
詩生「え? 稀和は関係ないでしょ。家に帰りなよ」
稀和「……!」
涙目になる稀和。それを見た一玖、なんか稀和が可哀想になって「あの!」と間に入る。
一玖「連絡先を知りたかっただけなので、ここで大丈夫です」
詩生「え? あぁ、この前……交換できなかったもんね」
一玖「はい」
詩生と一玖がスマホをポケットから取り出す。それを見て焦るように稀和もズボンのポケットに手を突っ込む。
詩生「これが俺の連絡先」
一玖「ありがとうございます。じゃあ、スタンプ送りますね」
詩生「うん」
連絡先を交換した詩生と一玖は軽いやり取り。それを見てもやもやした稀和が「俺もする」と言って、スマホを出す。
※本人はかっこよく割り込んだつもりが、 実際は耳としっぽが生えたわんこがスマホ差し出してる様子。
一玖「え?」
詩生「なんで稀和が?」
稀和「詩生の番号知りたい」
詩生「俺のは昔と変わってないよ」
詩生(稀和から連絡来るかもって……ずっと変えてなかったんだから)
だが、稀和は「俺のは変わってる」と言う。それに少しショックを受けてしまう、詩生。
詩生(……稀和の、変わってたんだ)
一玖は一瞬だけ悲しげな表情をした詩生を見てしまう。目を少し逸らす。
稀和「あっち行ってすぐに、スマホ水没してデータ消えたから」
詩生は「え?」と顔を上げる。
稀和「詩生にずっと連絡したかった」
稀和がまっすぐな目で、詩生を見る。
詩生(稀和の顔、俺様とは違う。でも、ヘタレな稀和でもない。だけど……なんでかな、目が離せない)
固まっていた詩生を邪魔するように、一玖が「コホン」と咳をする。
詩生(……一玖くんがいたんだった)
一玖がいたことを思い出した詩生は「一玖くん、ごめんね」と、稀和とは連絡先を交換せずに、一玖の方を向く。
稀和は「あ……」と声を漏らして、一玖と詩生を見た後、自分のスマホに視線を落とす。一生懸命、気持ちを抑えるようと左手は握り拳を作る。
一玖は稀和を意識しながら、口を開く。
※稀和と一玖の間では無言で、詩生を奪い合うバトルが繰り広げられている(お互いヘタレなので派手さはない)
一玖「詩生さん、あの……また、お茶したいです」
詩生「うん。しようしよう。俺も一玖くんともっとたくさんお話したい」
一玖「本当ですか?」
明るい表情を見せる一玖に対して、詩生の後ろで湿った雰囲気の稀和。きのこが生えている。
詩生「また連絡するね」
一玖「はい! 楽しみにしてます。それじゃあ、また!」
前は稀和にビビって逃げるように立ち去った一玖だが、今回は明るく別れる。
一玖に「気をつけてね」と言いながら手を振る詩生。
そのあとすぐに、詩生は何もなかったような顔で稀和の方を向く。
稀和は苦虫を噛み締めたような顔をしている。
詩生「稀和、なんて顔してるの」
稀和「何でもない」
稀和は目を逸らす。
詩生「何でもない顔じゃないよ。お腹でも痛い? 大丈夫?」
稀和「違う。ボロ出ないように我慢してるだけ」
素直に言ってしまう、稀和。
詩生は一瞬、ぽかんとする。
詩生「我慢? 何の?」
詩生の問いに、稀和の涙腺が緩む。
稀和「……俺、かっこ悪いから」
詩生「かっこ悪い? どこが?」
稀和「俺、ヘタレでかっこ悪い。だから、千和みたいにならないと──」
そこまで言いかけて、稀和はハッとして、口を閉ざす。
詩生(……千和くんみたいにならないとって、どういう意味?)
稀和の言葉で、詩生の中に1つの疑惑が生まれる。
詩生「……あのさ、もしかして稀和、千和くんに何か言われた?」
詩生は嫌な予感がして、眉間にしわを寄せる。
稀和「え? ……かっこよくないと千景のそばにはいられないぞ……とか、好きな子にはグイグイいけとか?」
詩生「そうなの?」
稀和「うん。だから俺、詩生に早く会えるように飛び級したんだよ。あと、筋トレとかも頑張ったから、前より強くなった。ようやく詩生を守れそう」
稀和がふふんと自慢げな顔をする。
詩生「稀和……それって、俺のために?」
恐る恐る聞く詩生。
稀和「うん。詩生のためにかっこよく──」
稀和は途中まで口にして、しまったという顔。一瞬で黙ってしまう。
詩生「……そっか。あいつのせいか」
詩生は「チッ」と舌打ちをする。
稀和は「えっ? えっ?」と戸惑う。
詩生(……俺の可愛かった稀和に何てことしてくれたんだよ、あのクソバカ野郎)
詩生は握り拳をつくる。
頭の中で詩生は、アメリカとの時差を計算。向こうは早朝だろうが、家に帰ってから、すぐに電話をかけて叩き起こしてやろうと決意。
◯自宅・詩生の部屋【同日・夕方】
家に帰るなり、荷物を床に置いてから制服のズボンからスマホを取り出す。千和の向こうで使っている電話番号に電話をかける詩生。
※中学卒業前に、千和からなんかあったら連絡してと、連絡先を渡されていた。
千和『…………なに、こっち早朝』
詩生「おい」
腹の底から低い声を出す詩生。
千和『あー……誰?』
詩生「千景詩生だよ」
千和『千景? ……あぁ、あの』
詩生「お前さぁ、よくもまぁ、稀和に変なこと吹き込んでくれたなぁ?」
喧嘩モードONの詩生。
※詩生は普段はにこにこしているが、キレると怖い。
千和『ん?』
詩生「どこぞのバカクソ野郎が変なこと吹き込むから、稀和が超中途半端な俺様ハイスペ攻めになってるんですがぁ?」
詩生は苛立ちを隠さず、言い放つ。
千和『えぇ……そのバカクソ野郎って、俺のこと?』
詩生「お前以外に誰がいるんだよ! なんで稀和に変なこと吹き込んだんだよ、ありえねぇ」
詩生は口汚く言い放ってから、「はぁ」とため息をつく。
千和『え〜〜〜だって、あいつ、ヘタレだろ。アメリカじゃ、男らしくねぇって浮くし。お前だって、元彼がかっこよくなる方がよくねぇ?』
電話の向こうから同じく千和のため息が聞こえて、詩生はぎりっと歯軋りをする。
詩生「浮くとかどうでもいいわ。俺はヘタレの稀和がいいんだよ!」
千和『……え? 何? ああいうのが好みなん? じゃあなんで、それを言ってやらねぇんだよ。俺にキレる筋合いねぇだろ』
詩生「……稀和には言ったよ。たぶん」
千和『いや、たぶんって何だよ。言ってねぇだろ。じゃなきゃ、あいつあんな必死になってねぇし』
千和の言葉が、詩生にクリティカルヒットする。 押し黙る詩生。
詩生(えぇ? ……俺、ちゃんと言ってなかったの? だから……こんなことに? うわ、俺、最悪だ)
詩生「千和くん、ごめん。ボロクソ言って。八つ当たりした」
千和『いや……俺もなんか、悪いな』
詩生「ううん。大丈夫」
千和『大丈夫じゃねぇだろ。拗れてんならさ、俺があいつを立派なヘタレに逆戻りさせようか?』
詩生「いや、もう黙ってて。ビジネスヘタレなんかいらないから」
千和『ひでぇ』
詩生「だからもう、稀和に変なこと言わないで。俺が稀和をどうにかするから」
千和『大事な弟だから、泣かさないでやってくれよな』
詩生「……できる限りは。じゃあね」
詩生はそう言って、通話を切る。はぁーと息を吐いて、胸に手を当てる。
詩生(……稀和は、俺のために頑張ってたんだ)
じわりと目尻に涙が滲む。夜風が部屋のカーテンを揺らしている。
ふとベッドの上に置かれた、始業式の日に買った漫画が目に入る。
詩生(あの漫画の主人公と……稀和は同じ。俺のせいで……無理させてた)
ぐっと唇を噛んで、詩生はスマホをズボンのポケットに入れる。
詩生(……少しだけ、頭冷やそ)
詩生は掃き出し窓を開けて、外に出る。胸元をぎゅっと押さえて、夜空を見上げた。空は星が少しだけ見えて、詩生は眺めながら「ごめんね、稀和」と呟く。


