※青春BLマンガ原作コンテスト用にシナリオ形式で書いています。

《1話:ヘタレ攻めこそ、至高。》
◯冒頭・学校近くの河川敷の道【9月上旬、始業式の朝】

 川沿いの学校に向かって、夏服の男子生徒たちが河川敷を自転車や徒歩で移動する。その中、165センチと小柄な千景(ちかげ)詩生(しお)は立ち止まっている。詩生の柔らかな茶髪は9月の生温い風でふわりと舞う。女子と間違えられる愛らしい顔は、驚きに満ち、垂れ気味の目を大きく見開く。
 視線の先には、180センチを超える黒髪の高身長男子。肩幅は広く、がっしりとした筋肉質の体型の朝比奈(あさひな)稀和(きわ)も、詩生を見て涼しげな切れ長の目を瞠目。
 
 詩生(ヘタレ攻めは、尊い)

 肩から下げたスクールバッグの持ち手をきゅっと持つ詩生。
 
 詩生(ヘタレだけど、受けのためなら必死になって頑張れちゃうのがたまらない)

 詩生はごくっと唾を飲む。首筋に汗が流れる。

 詩生(だから、俺はヘタレ攻めをこよなく愛する腐男子なんだけど)

 稀和が歩き出して、詩生の前にやってくる。双子の兄譲りの俺様スマイルを搭載した、自信満々な顔をしながら。

 詩生(創作はもちろん、現実(リアル)でも、俺様攻めは守備範囲外)
 
 稀和は軽く手を上げる。

 稀和「詩生、やっと会えたな。俺とまた──」
 詩生「俺様攻めは無理だから! 担降り不可避だからぁっ!」

 詩生は叫びながら、くるっと踵を返す。脱兎のごとくダッシュで逃げ出す。
 
 稀和「……え? 俺、まだヨリ戻そうって言ってない……」
 
 取り残された稀和は手をあげたまま、その場に立ち尽くす。
 走る詩生は、必死の形相。他の生徒の合間を縫って、ひたすら走って学校から遠ざかっていく。
 
 詩生(なんで最推し(元カレ)が、ヘタレ攻めじゃなくなってるんだよ──!)

 
◯3年7組・詩生の教室【始業式当日・朝のSHR前】

 チャイムの音と同時に、詩生は息を切らしながら教室に滑り込む。詩生が入った途端、ざわつく教室。何人かがちらりと振り返り、互いに視線を交わす。

 男子1「千景、今日も可愛いな」
 男子2「うわ、髪の毛乱れてる。可愛すぎ」
 ※男子たちの声に、詩生は気づいてない。

 詩生は一番後ろの席に座る眼鏡の黒髪男子──親友・呉山(くれやま)の右隣の机に荷物を置く。
 席に座って「はぁ」と一息つく、詩生。
 
 呉山「おはよ、千景。なんか疲れてるけど、大丈夫?」

 英単語帳を開く呉山は心配そうに眉尻を下げ、詩生を見る。
 
 詩生「……おはよ。んー、全然大丈夫じゃない」

 詩生は軽く首を振る。
 
 呉山「え? もしかして、また告白された?」

 詩生(ここは県内唯一の中高一貫の男子校。大半が裕福な家庭の息子で、進学実績は全国レベル。エリート校って言われる学校なんだけど、俺はこの顔のせいで、男子校の姫扱いされているらしい。たまに男に告白されるから、呉山はよく心配してくれる)
 
 詩生「違う」
 呉山「違うならなんでまた、息切れして──」
 詩生「稀和が……戻ってきた。俺様スマイル引っ提げて」

 詩生の涙腺が緩み、泣きそうな顔をする。呉山はびっくりした顔。

 呉山「え、朝比奈? 兄ちゃんの千和(ちわ)じゃなくて?」
 詩生「違う。弟の方。……俺の元カレの」

 呉山は一瞬、ぽかんとする。
 
 呉山「えっと……よく分かったね? 俺、あの双子の区別つかないよ」
 詩生「詩生って呼んだから。兄の方なら、千景って呼んでくる。俺様感マシマシで」
 呉山「あー……たしかに言われてみれば、そうかも?」
 詩生「でも、稀和が稀和じゃなかったんだよ。体格が良くなってるのもそうだけど、俺の知ってる稀和はもっと──」

 詩生(ヘタレだった。俺の前ではいつも顔が真っ赤で。凄く綺麗な顔してるのに、中身は可愛くて。とにかく大好きだった)

 言葉にできず、ぐっと奥歯を噛み締めたところで、担任が教室に入ってくる。

 担任「みんなー、席につけー。今日はいい知らせがあるぞー」

 出席簿を教卓に置きながら、担任は廊下にちらっと視線を送る。
 
 詩生(……あ、なんか嫌な予感がする)

 詩生はきゅっと机の上で握り拳を作る。

 担任「朝比奈双子の弟の方──……稀和がアメリカから帰ってきた。ほら、入ってこい」

 担任の声に促されて、前の扉から先ほども会った稀和が入ってくる。
 ゆっくりとした足取りはやけに堂々。背筋は真っ直ぐで、視線は詩生に向けて一直線。
 兄譲りの俺様スマイルで完璧に仕上げている。
 クラスメイトたちは、季節外れの転校生かつ、かつての仲間・稀和の登場にざわつく。
 
 担任「稀和はもうアメリカの高校で、卒業に必要な単位は取得済みだ。いわゆる、飛び級だな。相変わらず成績優秀だから、お前らも良い刺激をもらっておけよー」

 担任はニヤっと笑う。

 詩生(え? もう通う必要ないのに、なんでわざわざ日本の学校に?)

 詩生は眉間にしわを寄せる。
 稀和は詩生をじっと見つめたまま、自信満々に口を開く。

 稀和「どうも、朝比奈稀和です。詩生と最後の高校生活を送りたくて、特例でこの学校に戻して貰いました」

 稀和の発言に、中等部時代の稀和の友人たちが「いいぞー」「ひゅー」と茶化すような声で沸く。
 隣の呉山が詩生の方の方を向いて、「千景、顔死んでる」と言ってくる。
 
 詩生(あの稀和が、元カレマウント……? 俺様演出までナチュラルにしてくるとか、無理。無理。無理過ぎる)

 担任はそんな詩生の思いなんて全く知らず、満足げに頷く。
 
 担任「そうか。じゃあ、ちょうどよかったな。千景の隣の席が空いてるぞ。そこに座れ」

 詩生は担任の言葉が死刑宣告のように思えて、蒼白になる。

 詩生(最悪だ。最悪。なんか隣に机あって変だなって思ったんだ。机余ってるって……)

 稀和「はい」

 稀和はゆっくりとした足取りで、詩生の隣に向かってくる。
 詩生は慌てて、机に突っ伏す。
 だけど、稀和は席に座る前に、さらっと詩生の手を触ってくる。詩生はびくっと体を震わせて、顔を上げる。稀和と目が合う。稀和がふっと笑う。

 稀和「詩生、よろしくな」

 俺様感たっぷりな話し方に絶望して、詩生は完全に、稀和の挨拶を無視。そっぽを向く。
 
 詩生(……俺様スマイル、最悪! 昔の稀和を返してよ──!)

 顔を背けた詩生の脳裏には、かつての稀和の姿が浮かぶ。

◯回想:中等部の校舎裏【中学三年の秋】

 詩生(中三くらいから、俺は男子から告白されることが増えた。あの日も稀和から呼び出されて、最初は嫌だなぁと思いながら校舎裏に向かっていた)
 
 人気のない薄暗い校舎の裏庭。詩生は靴箱に入れられていた手紙を持って、呼び出された場所へ。大きな木の前には中等部で最も有名な朝比奈双子の兄・千和の姿。自信満々な顔で立つ彼は詩生を見るなり、こっちこっちと手招く。
 ※稀和と千和は双子だが、千和は他人を引っ張っていくような俺様タイプ。稀和は皆の前だとクールなタイプで、雰囲気だけで区別がつきやすい。

 詩生「なんで千和くんが……? 俺は稀和くんに呼ばれたはずなのに」

 詩生は手元の手紙に視線を落とす。やはり、差出人は朝比奈稀和の名前。詩生は何があったのか分からないまま、千和の方へ近づく。

 詩生「あの……手紙くれたのって、稀和くんだよね?」
 千和「あぁ。でも、稀和が直前になってヘタレてさ」
 
 千和は後ろ髪を軽く掻きながら、ちらっと背後にある木に視線を送る。木の陰には、稀和の姿。隠れるようにそっとこっちを伺う。詩生と目が合うなり、顔を真っ赤にして目を逸らす。

 詩生(え? あれが稀和くん? いつもと違う)

 詩生の頭には、皆といるときにも、その輪の中でただ一人、澄ました顔して立つ稀和の姿が浮かぶ。

 千和「まぁ、呼び出したって段階で気づいてると思うけど。千景さ、稀和と付き合ってくれない?」

 千和は親指を立てて、その指先で稀和の方をさす。
 まさか双子の兄が代理告白してくるとは思わず、詩生は目をぱちくり。
 ただ、詩生は「千景、俺と付き合って欲しい!」と、同級生や高等部に進学した先輩から言われることが多くて困っていた。だから、代理告白は詩生にとってはかなり新鮮で、思わず笑ってしまう。

 詩生「あははっ。代理で告白って初めて」

 口元に手を当る、詩生。
 
 千和「俺も弟の代理でこんなことすんの初めてだよ」
 詩生「だよね」
 千和「でさ、俺たち、来年の春には親の都合でアメリカに行くんだよ」
 詩生「そうなの?」
 千和「そう。だから、中学の間でいい。卒業式の日まで、稀和の思い出作りにお願いできないか?」

 千和は頼むと言いたげに、手を合わせる。
 稀和の方を見ると顔を真っ赤にしながら、きゅっと両手を顔の前で握っている。せっかくのイケメンなのに、ギュッと目を瞑って、必死に神頼みをしているように見える。
 
 詩生(稀和くん、いつもクールなのに、ほんとはこんな感じなんだ? 俺、別に男が好きなわけじゃないんだけど……)

 詩生はふっと目を緩めて、千和に向き合う。

 詩生(稀和くんなら、他のやつらと違って俺に手を出してこなさそうだし、男避けにはいいかも)

 詩生「……まぁ、思い出作りならいいよ」
 千和「マジ?」
 詩生「だって、そんな本気じゃないでしょ? 卒業までの思い出作りって言ってたし」
 千和「まぁ、そうだな」
 詩生「じゃあ、よろしくね。俺も平穏に過ごせそうで楽しみ」

 木の陰をもう一度見れば、稀和と目が合う。
 でも、固まったまま動かない。顔がみるみる赤くなって茹でタコみたいになる。

 詩生「あれ? 稀和くん?」
 稀和「……あ」

 たらっと鼻血を垂らす、稀和。

 詩生(あの時の稀和は普段のクールさは、どこえやら。まさか、告白の返事をしたら鼻血まで出しちゃうとか、ほんと可愛かったな)
 
 ※以下の回想はテンポよく。
 
◯回想:学校の帰り道の河川敷【中3の11月】

 詩生(でも、それだけじゃなくて、稀和の可愛さは毎日のように炸裂していた)
 
 初めて手を繋いだ日。詩生から手を繋ぐと、稀和はその場で固まる。ぷしゅっと湯気が出そうな勢いで顔を赤くする。

◯回想:ファミレスでご飯【中3・クリスマスイブ】

 初めてのクリスマス。ご飯を食べ終えてから、プレゼントを渡す詩生。稀和は袋を開け、マフラーに目を輝かせる。詩生が「お揃い」と伝えた途端、稀和の顔は真っ赤。飲もうとした水をひっくり返してびしょ濡れ。

◯回想:稀和の家【中3の1月】

 稀和が学校を休んだ日。千和から「看病してやってよ」なんて頼まれて、千和に連れられて家に。
 稀和が目を覚ますと、詩生がいてベッドから転がり落ちる。真っ赤な顔がさらに赤くなって、体温も上がってさらに寝込む。

 詩生(稀和と付き合った期間は、そんなに長くなかった。でも、稀和の可愛いとこを見ていくうちに、俺はどんどん惹かれてた)

◯回想:中等部の校舎裏【中3の3月・卒業式】

 詩生(でも、無情にもお別れはやって来る。卒業証書を持った稀和は何か言いたそうだったけど、結局最後まで何を伝えたかったのか聞くことができなかった)
 
 代理告白をされた校舎裏に行き、あの木の前に立つ二人。稀和は何度も口を開きかけては、閉じる。

 詩生「……稀和、大丈夫だよ。何でも言っていいから。受け止める」

 でも、稀和は泣きそうな顔をしながら「ありがと、詩生」とだけ言って、その場を後にした。

 詩生(……きっとあの時、稀和はまだ交際を続けたかったんだと思う。全部、表情に出てたから)

◯回想:12畳のフローリング・詩生の部屋【中3の春休み】
 
 机とベッド、本棚というシンプルな詩生の部屋。広々とした部屋の奥は小さな書斎スペースみたいになっていて、英語の本がずらりと並ぶ。
 詩生はベッドの上で大の字になって天井を見上げている。

 詩生(卒業式の後から、俺は気持ちが沈んでて。稀和のことばかり、考えていた。そんな時に出会ったのが、BLだった)

 姉の歌生(かお)が部屋をノックして、大量のBL漫画を持って入って来る。詩生が起き上がると、歌生はベッドに漫画を置いて、腰を下ろす。
 
 歌生「詩生、これ読んでみなよ。私のおすすめBL」
 詩生「え、BLって……男同士の恋愛?」

 詩生は置かれた漫画を1つ手に取る。
 
 歌生「そう。詩生、稀和くんと別れたって言ってたでしょ。だから、失恋の傷を少しでも癒せたらなって」
 ※稀和は一度だけ、家に来て紹介していた。
 詩生「でも」
 歌生「騙されたと思って、読んでみてよ」

 歌生は「私、来週からまたアメリカ行くからさ、英語のBL漫画もあるし、気に入ったら私の部屋の読んでもいいよ」と言って、部屋を出ていく。
 ※詩生の姉はこの当時大学生。海外大好きなバックパッカー。
 ※以下の回想はワンカットずつ。
 
◯回想:詩生の部屋【春】

 詩生(最初は少し抵抗があった。なのに、試しに読んでみたら、時間も忘れて朝になってた)

 ベッドの端で座って漫画を読む詩生。

◯回想:詩生の部屋【夏】

 詩生(とにかく、感動した。『男同士を描いた作品』って、こんなに尊いのかって)

 ベッドの上であぐらをかいて漫画を読む詩生。ぐすぐす泣きながら、ティッシュで鼻を啜る。

◯回想:詩生の部屋【秋】

 詩生(だから、手当たり次第、色んな作品を読んだ)

 ベッドから降りて、床に置かれた山積みの漫画に囲まれる詩生。※姉から拝借。
 
 詩生(その中でも、ヘタレ攻めが稀和と重なって見えて)
 
◯回想:詩生の部屋【冬】

 ベッドの真ん中で寝転がる詩生。
 
 詩生(俺の恋が……そこにあったから。気づいたら、もうすっかりヘタレ攻めに魅力されていた)

 日本語だけでなく、英語版(表紙が英語)のBL漫画まで読む詩生。

◯現在:3年7組の教室【朝のSHR終わり】

 すっかり、稀和との思い出に浸っていた詩生。先生の話なんて全く聞いておらず、皆が始業式のために立ち上がって、廊下に並ぼうとするのに気づいていない。
 涙腺を緩ませながら「俺様攻めは絶対に嫌」とぼやく。
 そんな詩生の肩を後ろからぽんぽんと叩く、呉山。

 呉山「千景。何が嫌かはよくわかんないけど、とにかく廊下に並ぼう」
 詩生「あ、うん」

 詩生は立ち上がり、廊下に向かおうとする。
 だが、稀和にガシッと手を掴まれる。

 詩生「え?」
 稀和「詩生、何で俺のこと無視すんの?」

 不満げに詩生を見上げる稀和。
 詩生は上から下まで稀和をじっと見る。
 
 詩生「稀和が変わったから」
 稀和「どういうこと」
 詩生「自分で考えなよ、それくらい」

 詩生は稀和の手を振り払って、廊下に向かう。
 教室に残された稀和の顔は、絶望感に塗れている。※詩生は気づかない。
 稀和はふらふらと立ち上がり、廊下に出るも列に並ばず、どこかへ向かう。

 男子1「稀和、どこ行くんだよ?」
 男子2「おーい、稀和〜?」

 中学時代の友人たちに声をかけられるも、スルー。

◯トイレ・稀和目線【始業式前】

 トイレの個室で、便座に座る稀和。その手にはスマホ。誰かにテレビ通話をかける。
 電話の相手は千和。彼はアメリカにいて、現在は夜。画面には、家でゲームのリモコンを持つ手が映る。

 千和『何、どしたよ?』
 稀和「……詩生に嫌われたぁ」

 ぐすぐすと泣き始める稀和。目からポロポロと涙が落ちる。
 
 千和『えー? 何ベソかいてんだよ』
 稀和「だってぇ……詩生のために頑張って男らしくなったのに、ゴミを見るような目された」
 千和『どうせまた、ヘタレが出たんだろ』
 稀和「出てない……と思う。千和の真似、頑張ったもん」

 稀和はぐすっと鼻を啜って、眉尻を下げる。

 千和『なら、ヨリ戻したいって言えたのか?』
 稀和「……言えてない」
 千和『はぁー……』
 稀和「えっ、何かダメなとこ、あった?」
 千和『お前、そういうのがダメなんだよ。好きなやつに好きだ。ヨリ戻したいって言わねーで、どうすんだよ。もっと俺様感強めてけよな』

 千和はだいぶ適当人間で、稀和に対しては大抵、適当に言う。手元はゲームで必死。
 
 稀和「大丈夫かな?」
 千和『知らねーよ。でも、お前、来年またこっち戻ってくるんだろ?』
 稀和「……うん。大学は千和と同じ予定。計画もあるし」
 千和『なら、ぐずぐずしてられねーだろ。残された時間は、お前が思ってるより短ぇぞ?』

 面倒くさそうな顔をする千和。

 稀和「そ、そうだね。頑張ってみる……!」

 稀和は泣き止むと手をギュッと握る。※千和の言葉をまっすぐ受け止めてしまう、素直な性格。

 千和『じゃ。俺はゲームに集中すっから、またな』
 稀和「ありがと、千和」

 稀和は通話を切って、頑張らなきゃと気合いを入れるように、両頬をパシッとたたく。
 
◯廊下・詩生目線【同時刻】

 列に並んでいる詩生。突然、寒気がしてぶるりと身震いする。

 詩生(なんか……嫌な感じが)

 詩生は腕を抱えて、辺りをキョロキョロ見回す。

 詩生(まさか……稀和が何か仕掛けてくる気じゃ──。いや、ないない)

 自分の考えにゾッとして、詩生は首をぶんぶんと振る。
 
 詩生(それより、今日は帰りに本屋行かなきゃ。待ちに待ったヘタレ攻めの漫画が発売するんだよね)

 詩生は楽しいことを考えて、ふふふっと笑う。
 周囲の男子、小声で「千景、笑ってる」「可愛いよな」「天使だな」とこそこそ。※詩生は気づいてない。  
 詩生(商業はヘタレ攻めが少ないから、供給不足してるんだよねぇ)

 詩生はふんふん〜と鼻歌を歌い始める。
 周りの男子が悶絶しているのを、詩生だけは知らない。
 近くに並ぶ呉山は、周りの男子に注目される詩生を見て、あちゃーと額を押さえている。