オーナーの反応はすこぶる良好だったようだ。試してみる価値あり! と喜んでくれたらしい。その上で、既存の流通ルートが使える東京都に絞ってテストマーケティングをしたいという要望を頂いた。取引のある高級スーパーも高級ホテルもすべて東京都にあるからだ。そのルートと契約運送会社を使えば、許容範囲内の追加投資で出来そうだという。それから、定期便の頻度は、週1回、2週に1回、月に1回の中から顧客に選んでもらったらどうかと提案を受けた。更に、詰め合わせは1種類にして、税込み3,996円、送料無料でどうかという。ちょっと高いかなと思ったが、ネットで他社の詰め合わせを調べると、そうでもないことがわかった。それに、4,000円を微妙に切っている値付けが流石だと思った。この価格で大丈夫そうな気がしたが、とにかくテストマーケティングをやってみて確かめることが肝心なので、すぐさまリーダー格社員にGOサインを出した。
 すると、「準備は進めています」と即座に返信があった。ホームページのデザイン案作成と農作業や古民家での写真撮影を始めているという。「若手が張り切っていますよ」という文のあとには、20代の社員5人が話し合っている写真が添えられていた。腕の見せどころ、とアクセル全開で取り組んでいるようで、とても頼もしく感じた。そのせいか、一人一人の顔をじっくりと見ていると、業容拡大のための採用強化をした時のことが蘇ってきた。

 ネット時代に必要なのは常識や経験ではなく〈新たな発想〉と〈豊かな感性〉だと考えていた男は、情報工学の知識と技術に加えて、常識に縛られない柔軟な発想を持ち、かつ、音楽や美術などの芸術に関心が高い学生や社会人に的を絞ってアプローチを行った。
 その結果、採用したのが5人なのだ。彼らは個性の塊だった。変人的要素も多分にあった。でも、それが良かった。〈右へ倣え〉の人物は必要ないのだ。記憶力だけを武器にした有名大学出身者や、セミナーで必死になってメモを取る他人依存型の秀才など必要ないのだ。伸び伸びと自由に発想し、好奇心や感性の赴くままに突き詰めていく創造型人材こそが必要なのだ。

 そんなことを思い出していると、彼らが次々に入社してきて、初めて集合教育をした時に発破をかけたことが蘇ってきた。

「普通の人間になるなよ。指示を待つ人間になるなよ。安易な方向を選択する人間になるなよ」

 そして、こう激励した。

「感性を研ぎ澄ませろ! 奇異な発想をぶつけろ! 会社や上司におもねるな! 反対意見に挫けるな! 信念を持って行動しろ! 先頭に立って突き進め!」

 更に、この言葉で止めを刺した。

「変人に磨きをかけろ!」

 彼らは全員ポカンとしていたが、誰かが笑い出すと、それが次々と連鎖していった。その姿を見て、男も一緒に笑った。その笑いがシンクロした瞬間、雇用関係を超えた太い糸で結ばれたように感じた。
 今まで、現地での取材はトップが率先してやらねばならないと自らに言い聞かせて飛び回っていたが、これを機会に彼ら若手に任せてみようと思い立った。心の底から〈社員への権限移譲〉が湧き出てきたのだ。自分は裏方に徹して、社員を支援していけばいい。大きな方向性を示したあとは、彼らの発想と感性に任せるのだ。間違った道へ()れそうになった時にだけアラームを出してやればいい。
 会社設立以来、三段跳びの〈ホップ〉は自分が主導した。しかし、新型コロナによってパラダイム転換した新しい時代に始まる〈ステップ〉は若手社員に主導させる。そして、〈ジャンプ〉。それはどんな大跳躍になるのだろうか? 想像を遥かに超えた凄い着地になることは間違いないだろう。

 世界新記録! 

 驚嘆と歓喜のアナウンスに祝杯を挙げている自分たちの姿が見えたような気がした。