ピアノの下

音が止まったピアノの下で強く抱き合う。彼は自分のあたたかさを僕に差し出し、僕は彼に自分の冷たさをさらけだす。
彼の鼓動がゆっくりと速まり、呼応するように体温が上がっていく。ほんのりと香るバニラが心地好い。ちょっとチャイっぽくて。
香水かデオドラントだろうか。
僕の頬に触れるサラサラの髪が心地好い。硬くて広い胸も太い脚もすべてが心地好い。呼吸も。無言のこの時も。少しずつ高まる気持ちも身体も。
彼の大きな手が僕の黒髪をゆっくりとていねいに撫で、頬をかすめ、首をなぞり、肩を押し、
そしてまた僕をぎゅうっと抱きしめた。
言いたいことはたくさんあった。聞きたいこともたくさんあった。

「本、好きなの?」「どんな曲が好き?」「家にピアノある?」
「おまえがつけている缶バッチ。イニシアルが僕の名前と同じだ」。
(聞かなきゃ。聞かなきゃ)

おまえの名を。


2025.08.29.
・過去作再編集。
Mika Aoi 蒼井深可