少し、
心がふるっと震えた。
誰もが僕を見ながら、誰も言ってくれなかった一言。僕は学校と予備校と家を往復する日々で、いつしか息の仕方すら忘れていた。
きっと、何かの病気なのだと思うくらい毎日毎日苦しいから、「苦しい」と言う言葉を記憶から消し去るほどに苦しいから、何もかもが苦しいから逃げてきた。図書室からここへ。
「そんなに真っ直ぐ見つめるなよ」
そいつはそう言って顔をしかめた。あまり不愉快そうに聞こえない声色だった。
「ピアノの下に入っても良い?」
「何で?」
「その方がゆったり聴けそう」
「うるさいだけだぞ。響くしさ」
「僕はずっと図書室でおまえのピアノを聴いていたんだ。
だから」
僕はグランドピアノの下にもぐりこみ、仰向けに横たわって胸のところで指を組み目を閉じる。おなかの上には封を切っていないカイロを乗せる。
(あぁ、楽)
冷えた木の床が気持ち良い。速かった呼吸も鼓動も、ゆっくりと静まってくる。
と、
バサッと何かを腹にかけられた。パーカーだった。
僕がちらりと彼を見上げると、彼は黒い半そでのTシャツ姿で素知らぬ顔をしていた。
Tシャツの胸にも何か刺繍が見えた。真四角だったり、銀色の布製の花を閉じ込めるように縫ってあったり、小さな真珠みたいなビーズがならべてあったり。
丸えりにも赤いザクザクのステッチがほどこされている。みじかいすそには小さな缶バッチがふたつついていた。
(あれ?)
「どっかの本で読んだみてぇなことしてる」
そいつはふんわりとした笑いをふくんだ声でそう言い、また、ピアノを弾き始める。
「本当はロックの方が好きなんだ。イギリスのロック」
彼がちょっとだけ優しい声でそう言い、あらたに曲を弾きはじめた。ダークな印象のあるバラードだったが、メロディーラインがとても綺麗で音に吸い込まれそうだった。振動まで綺麗だった。
僕の胸をすんなりと通り抜け、胸筋に、胸骨に、肉に内臓に背骨にじっくりと沁み込んでくる音。まるで料理の下ごしらえで塩やスパイスをもみこまれた気分だ。
(あったかい)
僕のこころはどこにあるのか。僕の胸を開いたら、心臓を取り出したら、わかるのか。
僕は、
今、はじめて、自分のこころの位置を知った。
(鳴り響いている)
心がふるっと震えた。
誰もが僕を見ながら、誰も言ってくれなかった一言。僕は学校と予備校と家を往復する日々で、いつしか息の仕方すら忘れていた。
きっと、何かの病気なのだと思うくらい毎日毎日苦しいから、「苦しい」と言う言葉を記憶から消し去るほどに苦しいから、何もかもが苦しいから逃げてきた。図書室からここへ。
「そんなに真っ直ぐ見つめるなよ」
そいつはそう言って顔をしかめた。あまり不愉快そうに聞こえない声色だった。
「ピアノの下に入っても良い?」
「何で?」
「その方がゆったり聴けそう」
「うるさいだけだぞ。響くしさ」
「僕はずっと図書室でおまえのピアノを聴いていたんだ。
だから」
僕はグランドピアノの下にもぐりこみ、仰向けに横たわって胸のところで指を組み目を閉じる。おなかの上には封を切っていないカイロを乗せる。
(あぁ、楽)
冷えた木の床が気持ち良い。速かった呼吸も鼓動も、ゆっくりと静まってくる。
と、
バサッと何かを腹にかけられた。パーカーだった。
僕がちらりと彼を見上げると、彼は黒い半そでのTシャツ姿で素知らぬ顔をしていた。
Tシャツの胸にも何か刺繍が見えた。真四角だったり、銀色の布製の花を閉じ込めるように縫ってあったり、小さな真珠みたいなビーズがならべてあったり。
丸えりにも赤いザクザクのステッチがほどこされている。みじかいすそには小さな缶バッチがふたつついていた。
(あれ?)
「どっかの本で読んだみてぇなことしてる」
そいつはふんわりとした笑いをふくんだ声でそう言い、また、ピアノを弾き始める。
「本当はロックの方が好きなんだ。イギリスのロック」
彼がちょっとだけ優しい声でそう言い、あらたに曲を弾きはじめた。ダークな印象のあるバラードだったが、メロディーラインがとても綺麗で音に吸い込まれそうだった。振動まで綺麗だった。
僕の胸をすんなりと通り抜け、胸筋に、胸骨に、肉に内臓に背骨にじっくりと沁み込んでくる音。まるで料理の下ごしらえで塩やスパイスをもみこまれた気分だ。
(あったかい)
僕のこころはどこにあるのか。僕の胸を開いたら、心臓を取り出したら、わかるのか。
僕は、
今、はじめて、自分のこころの位置を知った。
(鳴り響いている)



