ピアノの下

音楽室の前に立っても、まだ、ピアノの音はしていた。
僕はノックするかしないかしばし考え込み、廊下の一部と化していた。
窓の外では、ちらちら、ちらちらと雪の花が舞い、廊下はとても寒かった。(ピアノの音がとてもあったかく思えた)
耐え切れず音楽室の扉をするりと開ける。
瞬間、
ふわっとした温風のぬくもりとともに直接身体に響いて来るピアノのやわらかな音色が、僕を暖める春の新風のように流れて来て思わずまた軽く咳きこんだ。温度差に病む。

謎のピアニストの後ろ姿を見て、おどろいてかたまった。

「閉めろよ」
「……」
「寒いだろ。入るなら入る。出て行くなら出て行く」
そいつはまるで教師のように少しだけ振り返って厳しくそう言い放つと、また、続きを弾き始めた。
僕は小さなねずみのように学ランの肩を縮めて音楽室の扉をそろそろと閉め、
そいつの後ろにおずおずと立った。
こうやって直に黒いグランドピアノの震えを聴いていると、少しずつ身体が軽くなるような気がする。
(癒し)

「ピアノ、弾けたんだ」
僕が蚊の鳴くような声でそう言うと、前髪からていねいにフェイクパールが並んだバレッタでひとまとめにしたハーフアップ、肩までの茶色のサラサラ髪が、不機嫌そうに一度、ふんと振られた。
「おまえ、しゃべれたんだ」
「……」
強烈な皮肉を地を這うような声で放って、そいつは手を止めて僕を振り返った。短く形の良い爪に綺麗に黒いネイルがほどこされた白い手だった。
子猫のように丸い茶色の瞳。印象的な切れ長の目。
詰襟の代わりにピンクのパーカーを着ている。左腕だけペールグリーンの。色と色のつなぎ目に赤いステッチがザクザクとほどこしてあるから、もしかして自分でリメイクしたのだろうか。大柄だが威圧感を感じないのは肩幅がせまいせいだ。目じりにふんわりと乗せた品の良い赤とこまかいラメ。茶色の太眉は音楽記号のスラー。つやつやでふっくらしたコーラルピンク色の唇。広いおでこと低い頬。高くて大きな鼻。健康そうな肌の色。
こういうひとをイケメンと言うのだろう。手足も長いし。

「何しに来た? 優等生」