ピアノの下

誰かがまた、ピアノを弾いている。

3月になると言うのに白花が舞っていた。
放課後、
僕は薄暗い図書室のいちばん奥に座り込みノートに走らせていたペンを止めて、
しばし、茶色の染みがぽつぽつにじむ白い天井を見上げた。
第1音楽室は、
図書室の上の上、3階だ。

(ノクターンだ)
もう既に耳慣れ馴染んでしまったその音を、図書室にいる人間達は誰も気に留めない。日常の一部と受け入れている。
彼等の関心はもっぱら来年の受験やもうすぐある全国模試。その先にある将来をどう妥協するか。
アルミニウムの書架が立ち並ぶこの場所は息苦しい。無機質にならぶテーブルも。教室も、体育館も、昇降口もこの学校にある何もかもが重苦しい。見えない圧力におしつぶされそうだ。
僕は、
手早くノートやペンを黒いリュックサックの中にまとめて入れ、図書室を飛び出した。廊下に出たら、
窓の外にはまだ紙吹雪みたいな白花が舞っていた。ちょっとほっとした。
急に冷たく新鮮な空気が肺を襲って来て、僕はしばしコホコホと咳をし、あわててリュックの中から黒いマスクを取り出し壁際を向いてつけた。
廊下の窓がひとつぽかんと開いている。ピアノの音は鳴り止まない。
技術的にはそんなに上手くない。さっきからミスタッチを繰り返しているし、動画サイトで聴く「ノクターン」とはリズムが少し違っていた。
(なのに何だろう。このやけに人間臭い親しみ)
僕は、
その音に誘われるように階段を上る。鉛のように重い足取りがだんだんと軽やかになる。優しいタッチに勇気づけられて。
クラスメイトたちが僕の顔を見ては、手を挙げて挨拶をし階段を三段飛ばしに駆け下りて行く。にぎやかに。それすらもピアノの伴奏のよう。
僕はいつの間にか唇に浮かんでいた笑みを指の先できゅっと直す。
作り笑顔にはもう慣れたけれど、ときどき筋肉痛をじわっと感じる。形状記憶になった笑顔が、冷えきったガラスのようにぴしりぴしりと鳴く。「学校」と言う名のハーモニー。リズムも音程も取れない僕。