入学した当時はまだ学生運動の残り火がきな臭く燃え続けていた。校門前だけでなく、学内にも立て看板が並べられていた。それ(ふう)の格好をした学生をよく見かけたが、まったく興味がなかったので他人事のように思っていた。
 しかし、無関係のままではいられなかった。6月に入ってすぐ学校が封鎖されたのだ。『無期限スト決行中』と大書きされた立て看板によって正門が塞がれていた。ほんの一部の学生によって大学が占領されてしまったのだ。
 そのため、学生運動とは無関係の大多数の学生は中に入ることができなくなった。せっかく入学できたのに、ほんの僅かな期間通っただけで大学に行けなくなってしまった。
 当然のごとく、講義はすべて中止になった。学費を返せ! と叫びたくなったが、それをぶつける相手がいなかった。なす術もなく自宅で無為な時間を過ごした。しかし、ブラブラ遊んでいても仕方がないので、家の近所のスーパーマーケットでアルバイトをしながら再開を待つことにした。
 けれども、夏休み前に封鎖が解かれることはなく、前期試験はレポートの提出だけで終わった。自分が大学生なのかなんなのかわからなくなった。学校に行けずに毎日バイトばかりしているのだ。親も心配を口にしたが、こればっかりはどうすることもできなかった。

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 夏休みが終わっても封鎖は続いていた。アルバイト料でかなりの数のレコードを買うことができたから、それはそれでよかったが、本棚に仕舞い込んだ教科書を見ていると、時々虚しくなった。特に勉強が好きなわけではなかったが、とはいっても講義を受けることができない学生生活を良しとするわけにはいかない。こんな状態が後期も続くのかと思うと、ため息が出た。

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 予想は当たってしまった。後期試験もレポートの提出で終わったのだ。1年間ほとんど学校に行かずに初年度が終了した。

 メチャクチャ虚しくなって誰かに愚痴を言いたくなった。すると親友の顔が浮かんできて、彼に会いたくなった。思い立ったら吉日と電話をしたが、まだ試験中でそれどころではなく、2月に入ったら会おうということになった。

 薬学部の試験は大変らしい。1月中旬から2週間に渡って続くだけでなく、レベルがとても高くて、万が一追試になってそれにも合格しなかった場合、留年の可能性もあるらしいのだ。もっとも最上は優秀だからそんな心配は不要に決まっているのだが。

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 約束の日がやって来た。待ち合わせをしたのは夕方の5時だった。サラリーマンで混む前にガッツリ食べてしっかり飲む心づもりだった。だから、カウンター席の端に並んで座るや否や90分間飲み放題を躊躇わずに選び、次々に料理を注文した。
 実は料理が来る前に愚痴を吐き出そうと思っていたのだが、客が少ないせいか頼んだ料理がどんどん運ばれてきて、それどころではなくなった。枝豆、たこわさび、もろきゅう、刺身の盛り合わせ、鶏のから揚げ、だし巻き玉子、もつ煮込み、焼き鳥の盛り合わせ、ホッケ焼き、そして、〆の茶漬け。愚痴を言えないまますべての皿が空になった。腹が膨れると、もうどうでもよくなった。 

 歯の間に挟まった海苔を爪楊枝で取って口の中をお茶ですすいでいる時だった。

「実は……彼女ができた」

 最上の突然の告白に、お茶が気管支に入って思い切りむせてしまった。

「大丈夫か?」

 最上がびっくりしたような顔で背中を擦った。

「いきなり言うなよ。驚くじゃないか」

「悪い、悪い。なんか切り出しにくくてさ」

 彼は右後頭部を照れ隠しのように掻いた。

「でも、ヤッタじゃん。大学の同級生?」

「いや、そうじゃないんだ。実は、高校3年生」

「えっ、高校生? 高校生って、どこで知り合ったんだよ」

 横腹を肘で突くと、彼女との馴れ初めを照れくさそうに打ち明けた。

「写真見せろよ」

 すると彼はもったいぶるように間を置いたが、それでも定期入れを開いて写真を見せてくれた。

「可愛いじゃん」

「うん、まあね」

 その声と顔が余りにも嬉しそうだったので、突っ込みたくなった。

「どこまでいってんの?」

「どこまでって……」

「隠すなよ」

 すると、周りが気になるのか、耳元に口を近づけてきた。

「キスはした」

「キスまでか?」

 小声で聞き返すと、頷きながら、ぼそぼそっと低い声を発した。

「まだ高校生だから……」

 それ以上のことは一生懸命我慢している、と言った。