全く、なんて楽しいことでしょう。
 目で、空の青さを見られる事。耳で、鳥の声を聴ける事。肌で、水の冷たさを感じられる事。
 その全てが新鮮で、刺激的で。 
 ヒトの姿になれるようになったことで、全く退屈しなくなりました。
 あの、神とやらの宣告があってから、二十年は経ったでしょうか。
 その間、ほとんど毎日と言って良い程、ヒトになっておりました。
 でも、まだまだ足りません。
 もっともっと、外を歩き回って、もっともっと世界を見て回るのです──。

 ──サクヤ、サクヤ。
「あら、お久しゅうございます、神様」
 ──おや、私の事を覚えていたの。偉いわ。
「ええ、記憶力は良いみたいです。それより本日は如何いたしましたか。随分と音沙汰無かったですが、急にお声を届けて下さるなんて」
 ──ああ、そうね。いえ、一つ忠告をと思って。
「忠告、ですか?はて、私、何かしでかてしまったのかしら」
 ──しでかしたと言うか、はしゃぎ過ぎと言うかですね……。まあ単刀直入に言えば、力を使いすぎですよ、あなた。
「使いすぎ、と言いますと?ヒトになってばかり、という事ですか?」 
 ──そうですね。こちらの想定を超すペースで実体化しているため、念の為です。しっかり考えているのかなと。
「問題ありませんわ。誰にも迷惑をかけておりませんし、何より私自身が楽しんでいますもの」
 ──あー、いえ、そういう事では無くてですね……。え、もしかして、分かっていない……?
「あら、今一つ要領を得ませんこと。はっきり仰って下さいな」
 ──そうですね、言わせて頂きましょう。このままですとあなた、死にますよ。
「死。死。おや。おやおや。それは少々、想定外ですわ。それは一体、何故でしょう」
 ──言っていませんでしたっけ?ヒトになる度に、貴方の生命エネルギーを使っているのです。
「何という……。神様がその分の力も下さったのではないのですか?」
 ──いやいや、受肉出来る能力に加えて、その分のエネルギーまで渡してたら、神とて破産しますよ。てっきりご存じかと思っていましたが……。
「いえいえ、全くの初耳です。困りましたわ、もう好きにヒトになれないなんて」
 ──顧みずにヒトになるというのもありですが……。
「いいえ、もうヒトにはなりませんわ。死にたくないですもの」
 ──え?
「死にたくはありませんわ、私。せっかくこの世に生を受けたの。生まれたからには、何よりも自分の命が大事。それが当たり前でしょう?世界を見て回ることも素敵ですが、死んでしまうくらいなら眠って居た方がましですことよ」
 ──サクヤ……。
「ええ、ええ。絶対に、長生きしたいもの。そうと決まれば、私は眠らせて頂きます。一刻も早く、どうしようもない退屈から、お暇まさせて頂きますわ」
 ──まあ、あなたがそう言うのなら、私も何も言いません。能力を使うも使わないも、あなた次第ですので。それでは、また。
「おやすみなさいませ、神様」