私は、ずっと眠っていたようです。
とても長い、本当に長い時間を、夢見心地で過ごしておりました。
ふわふわしていて、生きていた実感がない。そんな気分です。
ですが、本当は目を覚ましていたのかもしれません。だって、何かをずっと見ていた感覚が、ぼんやりとは、あるのですもの。
駆け回る子供たち。腕をお互い組んで、こちらを笑顔で見ているカップル。重箱を広げて、暖かい陽射しを浴びている家族。
そういった、すりガラス越しみたいにピンぼけた景色を、幾つも幾つも、見つめていた気がしてならないのです。
それでも、ああ、やはり、それら全ては私の、只の空想である様に思えてきました。
こんなにも、眠いのです。
目を開けていられないほど、眠くて堪らないのです。
ですので、起きて何かを見続ける事なんて、出来るはずがありません。
白昼夢、というものなのかしら。
いいえ、きっとそうでしょう。見ていた気がする景色も、私が勝手に作り上げた妄想なのでしょうね。
だから今一度、眠りに付きましょう。
だって私は独りきりの、寂しい存在なのですから。
眠って眠って、退屈を凌ぎましょう。
あら?あらあら?
……ヤ。……クヤ。
何かを見ていたと思っていましたが、
──サクヤ、サクヤ。
そう言えば私にそもそも、
──サクヤ、サクヤ、サクヤ。
目なんてあったかしら?
──サクヤ!!
「あらまあ。大変失礼致しました。少々考え事をしておりまして、気付きませんでしたの」
──こんなに大きな声を出したのなど、スサノオとの喧嘩以来ですよ……。遍く生き物は私の声に一度で反応するというのに。
「申し訳ございません。なんだかまだ、ぼうっとしておりまして。ところで、どちら様でしょうか?お声ばかりで姿が見当たりませんが」
──全く、せっかくの託宣だというのに、緊張感のない事。姿など、お互いにありはしないでしょうに。
「おや。互いに姿が無いとなると、私は一体、どうやって思考しているのでしょう?脳が無くても、考えることは出来るのでございますか?」
──……そういう細かい事は置いておきましょう。あなたは今、意識だけの存在だと言えば、納得できますか?
「ははあ。考える事のみが許されている状況、という事なのでしょうか。ですが、託宣とは?私には身に覚えのない事でございまして……」
──そうでしょうとも。これは完全な無作為による、神からの選出です。幾多数多の生命から唯一、貴女は神に選ばれたのです。喜びなさい。崇めなさい。
「はて。私は一体何に選ばれたと仰るの?」
──ええ、反応薄くないですか、神と話しているというのに……。豪胆なのか、無神経なのか……。まあ良いでしょう。あなたは、神から能力を授けられる対象になったのです。
「能力……?ええと、今一つピンときませんわ」
──言わば、通常なら出来ないことが出来るようになるのです。その力を、あなたが使えるようにする、と言っています。
「成程。具体的には、何が出来るようになるのですか?」
──そうですね。あなたはこれから、実態を持つ事が可能になります。簡単に言えば、貴女は人間の姿になり、外を出歩けるようになる、という事ですよ。
「ええ、本当に?御冗談ではなくって?」
──事実です。この場から離れ、あらゆるものを見て、触れられます。些かの制限はありますが。
「まあまあまあ!何と素敵なことでしょう!色々なものを見に行けるなんて、じっとしていられませんわ。眠気なんて、吹き飛びましたことよ」
自身の足で、見知らぬ土地へと赴ける。知らない誰かと触れ合える。
それはつまり、孤独から解放されるという事。
眠る代わりに、楽しい時を過ごせるという事。
想像か、あるいは現実か。先程まで判断が付かないまま、自身の内に貼り付いていた光景に、白黒も付けられる。
しかも、神に偶然、選ばれたと言う。
何が何やら分からない部分もあるが、己はそんなことを気にする程の大層れた存在では無いため、深く考えないこととした。
今は一刻も早く、見たことが無い景色を目にしたかった。
「一体どうすれば、ヒトの形になれるのかしら?」
──はあ、貴女は本当に……。ぼんやりとしているかと思えば、途端にせっかちになるんですね……。まあお教えしますけれども。『ヒトになりたい』、そう思うだけで良いです。そうすれば──。
「こうですね!」
──ああ、もう。
直後、公園の桜の木の側に、一人の少女が立っていた。


