スマホメッセージを送り間違えたら、平凡な俺が一軍イケメン同級生と仲良くなった話

***

「へえ、駅弁みたいな弁当箱。お、エビフライ。店で売ってるやつみたいにきれいだな」 

矢代君が俺の曲げわっぱの弁当箱を覗いた。
俺の弁当は、今朝母親が『今日なにか特別なことがあったっけ』と言いながら作ってくれた大きなエビフライがサラダ菜の上に三尾並んでいて、人参とハムと枝豆が入ったポテトサラダに、形を丸く整えたカニカマ入り卵焼きも入っている。

「詰めるのは自分でやってるんだ」

家事にパートにと忙しい母親に少しでも協力し、感謝の気持ちを持って食いたいからだ。

「えっら! 俺なんて全部母親任せだぞ」

昨日は二週に一度だけ、クラスの人たちと食堂で食べる日にしてたから弁当は休んでもらったけど、と続けながら机に並べた矢代君の弁当箱は保温弁当だ。しかも容量の大きいやつ。

「わ、肉まみれだ」

俺も矢代君の弁当を覗く。
唐揚げ五つに野菜の肉巻き四本、太めのソーセージ二本に大きい卵焼き。隙間にブロッコリーとトマトはあるけど、本当に少し。

「部活やってたときの名残のタンパク質メニューだな。辞めたからもういいって言ってるのに、習慣になってるみたいだな」

その言葉に、俺はエビフライを挟もうとした箸を止めた。

中学の頃から有名な選手だったという矢代君が、いつしか全体朝礼で各部の成績を読み上げるときに名前がないことに気づいていた。だから、退部したのは知っていたが、本人からその話を聞くとなると、どう答えていいのか分からなかった。

(これ、俺から触れないほうがいいよな? でも、反応しないのも変だよな……)

箸を持ったまま固まっていると、矢代くんは俺の様子に気づいたようで、続きを話し始める。

「変な気使うなよ? よくある怪我だけど、悲壮感を持って辞めたわけじゃない。怪我をバレーと関係ないところでやっちまってさ。それなのにそうショックを受けてない自分に気づいたんだ。それが高一の二学期だったから、今までバレーしか見てこなかった分、まだ視野を広げる時間が充分あるなと思って退部しただけ。進路も考えないと、ってな」
「そう、だったんだね」

よく食べてるし、話し方が淡々としているので、本当に未練はないみたいだ。
俺が同じ立場なら、ずっとやってきたことから離れるのが怖くてウジウジしそうなのに、発想の転換ができてしまう矢代君に感心する。中身も大人っぽいんだろうな。

「でも三上はさ」
「うん?」

エビフライをひと口かじったところで声がかかった。

「もうそういうのあるんだろ? 情報Ⅰの合同授業で課題ペアになったとき、思った。将来、IT系の仕事、目指してんじゃねぇ?」
「えっ!」

大当たりに驚いた。俺は幼い頃からコンピューター関連のことに並々ならない関心を持ち、父親の仕事用のパソコンを勝手に触って困らせた過去がある。
それで五歳でプログラミング教室に入れてもらい、小学校入学のお祝いに祖父母にちゃんとしたパソコンをプレゼントしてもらった。十年間は誕生日もクリスマスも、お年玉もしないから、という条件付きだったけど、ふたつ返事で飛びついたのだ。

「俺、あの授業が三上を認識した日だったけど、こいつすげぇカッコいいな、と思ったんだ」

マジか……カッコイイやつなんて、人生で初めて言われましたよ、俺。
意外すぎて食べるのを忘れている間にも、矢代君は話して教えてくれる。

「三上のデータ分析の速さに驚いた。一瞬で分析して計算を終えて、表を作って。教科書にないことも知ってた。でも、疎い俺を置いてけぼりにするんじゃなくて、提出の日までメッセージでも一個一個丁寧に教えてくれただろ。おかげで俺、中間の情報のテスト、結構良かったんだぜ」
「俺、幼稚園の頃からプログラミング教室に入れてもらってたから、それでだよ」
「幼稚園? すごいな。その頃の俺は逆立ちしてるか泳いでるかだったかも」
「逆立ちって、体操教室? あと、スイミング?」

 逆立ちと聞いて、今の矢代君がビシッと倒立してる姿を思い浮かべた。その想像の中の矢代君もかっこよくて、俺は作り笑いじゃなく、自然と笑顔になりながら矢代君の話を聞く。

「そうそう。両親とも運動選手だったから、俺も運動ばっか。父親はそうでもないけど、母親がテレビもスマホも目と体幹が弱くなるから駄目だとか持論を言う人でさ。スマホを持たせてもらったのは高校からで、いまだに使いこなせてない……あ、また話が逸れてる。俺じゃなくて、三上の話だって」
「え~? 俺?」
(俺の話なんていいのに。俺も矢代君の話、もっと聞きたい)

って、そう思うけど、矢代君も箸を止め、俺をまっすぐに見て聞いてくれるから、つい嬉しくなってしまう。

「三上のこと、もっと知りたい。このクラスのやつらは知ってんのかもだけど、俺はあの授業が初対面だっただろ? あのとき、物静かそうな三上の隠れた顔や能力をこっそり覗けた気がして、もっと話してみたいと思ってたんだよ。だから間違いメッセが入って乗じたってわけ」
「まじか……」

やばい。顔がにやけてくる。
隠れた顔とか能力なんかあるわけない。俺は外見や性格だけでなく成績も平凡だ。だけど、情報科目だけはいつも満点なのだ。俺が一個だけ誇れる部分だから、そこを見て興味を持ってくれたことに、感動さえ覚えてしまう。

それで、将来ICT産業に就職したくて、入りたい会社も決まってるんだ、という話をしたら、また『カッコイイな』と言ってくれた。

恥ずいけど嬉しくて、どうしたって顔の筋肉が緩んでニヘラ、と笑ってしまう。
そうしたら、矢代君は机に片肘を付き、少しばかり上体を屈めて俺の目を覗き込んでくる。

「課題やってるときも思ったけど、三上の目っていいよな」
「目?」

眼鏡をかけててぼんやりして見られる俺の目が?
どこが、と思いながらまばたきすると、矢代君が俺の目を覗いたままふわっと笑った。

「うん、三上の目、好き」

う、わ。破壊力言語と破壊力笑顔!

矢代君は人と目と目をちゃんと合わせて話す人なんだろうけど、それでもじっと見られてそんなことを言われたらドキッとしてしまう。
それ、女の子相手にしたら勘違いされるやつでは? 男の俺がこんなドキドキなんだから。

「だから、どういうこと」

動揺を悟られたくなくて、ちょっとぶっきらぼうな問い方になった。だけど矢代君はフワッとした笑顔を崩さずに答えてくれる。

「好きなことに熱中する目って、こんなだったなって思い出した。三上の目を見てたら、俺もなんか見つかるかも、って思わせてくれたんだよなぁ」
「本当に? だいぶ褒めすぎでは」

うわ~。めちゃくちゃドキドキする、ここまで同級生に褒められることも人生初だ。

「ホントだって。それでさ、三上、真剣な目つきでものすごい速さでキーボード打って、終わったあとに眼鏡を取ったんだけど……」

矢代君がそこで言葉を止めた。そのときを思い浮かべているのか、俺を見ているのに少し遠い目をして、ほんの少し目尻を下げた気がした。
かと思えば、突然片肘を付くのをやめて体を起こした。

「……ここからはナイショ」

そんなふうに少しだけ声を潜めて言って、いたずらっぽく笑いかけてくる。

「えっ。なにそれ。気になるし」

俺は頬が熱いことを自覚しながら丸眼鏡に手をかけた。
ひどいドライアイだからコンタクトレンズが付けられなくて、人前ではあんまり裸眼状態を見せたことがない。
だけど矢代君の『ナイショ』をどうしても知りたくて、眼鏡を外そうと思ったのだ。

すると、矢代君の、長くて筋肉の張った手が俺の手に伸びてくる。

「っここで外すな」
「へ?」 

なんで? 矢代君は俺に『なんで?』と思わせる名人ですか?
首を傾げると、矢代君が小さく唸り、掴んでいた俺の手首を離した。

「っ、とにかく学校で外すの、もう禁止。ほら、弁当食っちゃえよ」
「えぇ〜?」

ますます「なんで?」が深まるばかり。内緒の部分を聞きたくてたまらない。

だけど、矢代君が食べるのを再開したから俺も食べるのを再開する。
そうしてその日の昼休みは、俺の頭の中に大きな『?』マークを残したまま、あっという間に終わってしまったのだった。


***


矢代君と俺が一緒に昼飯を食べるようになって、二週目に入った。
回数で言うと、メッセージを送信し間違えた日を入れて六回目。食べるのはいつも俺のいる二年三組の教室だ。

最初の三日はみんな【未知との遭遇】を見て首を傾げてたけど、今では慣れてきたようだ。矢代君が教室に入ってきたときにはみんなが……特に女子が矢代君に視線を送りはするものの、それだけだ。
それと、クラスには男子バレー部の人が二人いて、矢代君が教室に入ってきたときに「タッキー」と手を振ったり目を合わせたりしている。でも、矢代君が軽く手を上げればそれで終わる。

ちなみに、水野にはあれからも一緒に食おうと誘ったけど、頑なに断られた。

「だって、矢代氏、怖いんだもん」

なんて言うんだよな。
ただ、確かに俺も最初は身構えてたから気持ちはわかる。

【未知との遭遇】と言ってしまうくらい、一軍の人たちと縁がなかった俺は、興味のある事柄も話す事柄も彼ら……矢代君とは違うから、一緒に昼飯を食べても会話が途切れて気まずいんじゃないのかな、と思ってた。

でも、杞憂だった。
矢代君は弁当を食べ終えてもスマホを一度も触ることなく、楽しそうに俺と話してくれる。
俺は操作をするわけではないけどスマホを握る癖があるから、それで思い出してトイプーの話をした。

「俺がメッセージを送り間違えたのってさ、ほら見て」

俺は母親のアカウントのページを開いて見せた。アイコンは我が家の家族、トイプーのショコラの正面顔写真で、背景写真はショコラの全身写真だ。

「ああ、これは急いでたら間違えるな。同じ色だ」

 矢代君が頷きながらスマホを操作した。そして、アルバムの写真を見せてくれる。

「この子がウチの子」

そこに写っているの赤茶色の毛で、三角耳が垂れた子だった。

「うっわ、可愛い~~~」
「チョコっていうんだ。よく見たら顔は違うな」
「確かに。チョコちゃんの方が垂れ目っぽい。ウチの子はショコラって名前なんだ」
「マジで? 名付けのセンス同じだな。誰が付けた? チョコは俺」
「ショコラも俺! 同じセンスだ」

スマホのアルバムから顔を上げ、目を合わせて笑い合う。
それからまた互いのスマホを見せ合って、ショコラとチョコちゃんの話をした。

ちなみに、前に矢代君本人が言っていたように、矢代君がスマホを持ったのは高校生になってからだ。
そして、持たせてもらってからも触ることはそう多くはなさそうだった。
これまで運動に時間と力を入れていて、メディアやネットに触れる機会が多くなかったから自然なことかもしれない。

そんな矢代君がなぜあの日、俺が間違えたメッセージにすぐに気づいたのかといえば、登校後にチョコちゃんの写真を見ていたからだそうだ。

「チョコとショコラがいたからあの間違えメッセがあって、こうやって三上と話せるようになったと思うと、二匹に感謝だ。そうじゃなかったらスマホを見てないからな」 

そういいながら優しい目になる矢代君。チョコちゃんが可愛いんだろうな。わかるよ。
ただ、矢代君はちゃんと人の目を見て話す人のようで、チョコちゃんの写真を俺に見せながらも、矢代君本人の瞳には俺が映っている。
だから俺も目を逸らすのは失礼だろうと、チョコちゃんの写真を見た後はちゃんと矢代君と視線を合わせて頷いた。
そうすると、矢代君の口元がさっきよりも柔らかくなった。

良かった。慣れないなりにもちゃんとできたんだ、とホッとする。
 
その後、アルバムを閉じ、スマホを机の端に置きつつ聞いた。

「でもさ。矢代君はクラスの人たちとメッセージのやりとりとか、スマホゲームでのやりとりとかしない?」

一軍だからってわけじゃない。学校の誰もが等しく、なんなら学生じゃなくて電車で見かける大人も、触ることができる時間はスマホを操作している人がほとんどだ。

だけど矢代君は、スマホをポケットに突っ込みながら首を振った。

「しないな。ゲームに興味ないし、メッセージでちまちまキー打つの、めんどくさい」
「めんどくさいかぁ」

俺はやるのもそうだけど、ゲームを自作する方だから
(やってみたら面白いのに)
と思いながら苦笑する。だけどふと、指までがっしりした男らしい矢代君の手に目をやって納得する。
矢代くんが持っていると、スマホが小さく感じるからだ。

「ああ、面倒だな。バレー部のメンバーもそれぞれグループを作ってるやつはいたけど、クラブアプリでやりとするからトークアプリの通知はそこまで多くなかった。クラスのヤツらは多すぎる。人数が多いってのはあるけど、気づいたら五百件以上通知が付いてて、見てられないからグループから外れた。まあ、またすぐ入れられるけど」

それもわかるかも。俺もクラスのグループトークには入ってるけど、放課後から夜中にかけてすごい量の通知がある。ただ、内容に中身はそんなにない。基本的に学校の生活に関することは学校で配られてるタブレットのクラスルームでやり取りするから、個人のスマホ間のやり取りは「誰がどうした」とか「あのドラマが」なんていう、普段のおしゃべりの延長だ。

発言しているのもクラスの中心を張る人たちがほとんどで、俺や水野は既読を付けるくらい。
その水野とだって、そんなに履歴が多いわけじゃない。
俺に関してはパソコンでやるオンラインゲームでのチャットの方が多いだろう。

そして、この話の流れで知ったのだが、部活の集まりは別として、矢代君は意外にも複数人でひとつの場所に集まるのが得意じゃないそうだ。
部活を退部したのをきっかけに、これまで会話する程度だった人に誘われて遊びに出ることが増え、仲も良くなった。でも、その人たち(つまりは一組の一軍だ)といるといつの間にか人数が増えていて、教室を陣取る形になることにいまだに慣れないそうだ。

「どうしてあんな狭い空間に群がるんだ? 人数がいるなら外でサッカーでもするか? って聞いたら『汗かくの無理』『タッキーとやり合えるのは運動部だけだろ』なんて言うんだよな」
「うーん。気持ちはわからなくはない」

俺も運動は得意じゃない方だし、汗をかくと午後の授業で干からびている自分が想像できるから。

「えー? でも、三上も大人数で話したりしないじゃん」
「いや、それはねぇ」

不満げな矢代くんにまた苦笑する。
俺は自らそうしてるんじゃなく、平凡で面白みがないからそうなってるだけなんだよ。

きっと矢代君には一軍とか、平凡と地味めとか、そういう隔たりってなくて、どんな相手だろうと「同じ高校生」なんだろう。
まだ少ししか一緒にいないけど、矢代君が人を区別しない人だっていうのはわかる。

「とにかくさ、俺は誰かと話すときに、顔を合わせてゆっくりと話すほうが性に合ってる。バレーでもメンバーや対戦相手の動きを見て自分の動きを考えてた癖だろうな。三上はそういうの、重く感じる方?」

やっぱりそうだったんだ。とはいえ、答えを求めているからか、めちゃくちゃじっと見られてる。
切れ長のキリッとした目に射止められると、なんか背中の下の方がソワソワしてくるんだよな。
イケメンの威力は身体にまで影響するらしい。むず痒い。

でも、嫌じゃない。気後れっていうか、照れくさいっていうか。そんな感じがするだけで、俺といるときに俺をまっすぐに見てくれるの、すごく……。

「……どっちかっていうと、嬉しい。矢代君のそういうところ、いいと思う」

照れくさくて、少し目を伏せて伝えた。
でも、自分で言っておいて「いいと思う」なんて上から目線だったのではと気になった。

(矢代君、黙ってる。嫌な気持ちにさせた?)

言葉を続けない矢代くんが気になって目線を戻した。
矢代君は思いきりうつむいていた。
ていうか、めちゃめちゃ背を屈めて頭を垂らしてる。

「あの、矢代君? ごめん、俺、言い方が上からだったよね。でもあの、矢代くんとこうやって一対一で弁当食えるのが毎日の楽しみなの、本当なんだ。ゆっくり話してくれるのも嬉しくて、昼休みがめちゃめちゃ楽しみでね」

焦ってしまい、ペラペラと弁明してしまう。だけど嘘はひとつもないからちゃんと伝えたい。

「三上」
「はいっ」

頭を垂れたままで、低い声で俺の名前を呼んだ矢代君に答えると、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。

んん? 矢代君、顔が赤い。下を向きすぎて血が下りた? 
いや、夏本番で熱いせいか?
 
そんな矢代君と顔を合わせていると、なんだか俺まで顔が熱くなってくる。

(矢代君、なんて言ってくるんだろう)

少し緊張して待っていると、矢代君はまた低い声で言った。

「俺も三上と話すの好きだ。昼休み、めちゃくちゃ楽しみにしてる」
「うっ」

胸にドスンと衝撃が来た。あまりの衝撃に、心臓がドックドックしてる。
だからね、矢代君。それは女の子に絶対に言わないようにね。
俺が言うのと違って、矢代君が言うと恋愛リアリティ番組が始まってしまうから。


――放課後。
水野と帰りながら今日の昼休みの出来事を話した。

「始まるね、始まっちゃうね。朋哉も登場人物になっちゃうね」

水野は「あわわ」と漫画みたいな呟きを続けながら口元を押さえた。

「俺が? モブキャラでみんなの引き立て役になるやつ?」

知らんけど、そういう役回りもあるって聞いたことがある。でも、実際俺じゃ引き立て役にもならないだろう。
流行りの曲で高校時代の青春を歌ってる曲がたくさんあって、いいなと思うけど、そのうちの恋をテーマにしたものからは一番縁遠い気がしてる。
まず、誰かを友達の「ライク」以上に見たことがないから、恋ってよくわからないし。

でも……。

青春の中の、友情ってテーマ。
それなら、水野もそうだけど、矢代君とこれから育んでいけるんじゃないかな。

夕方だけど、まだ明るい夏の始まり青空の下。
俺の青春は新しい友情で色付いていくのかな、なんて、柄にもなく詩的なことを思った。

多分……きっと。
メッセージの間違いがなければ繋がらなかった矢代君の存在が、特別なものに思えるからだろう。

俺の平凡な日々が、矢代君の出現によって、ちょっとだけ変わる。そんな予感がする。