収穫祭が終わって一ヶ月半が過ぎようとしていた。季節は巡り、突き刺さるような力強い夏の日差しは鳴りをひそめ、黄金色の穏やかなものへと変わりつつあった。昼間はさほどでもないが、朝晩は次第に冷え込むようになり、人々は上着を羽織るようになっていた。
「なあ、リコリス。そろそろ決まったか?」
「まだ。せっかくだからこだわりたいし」
リコリスとヒースが恋人となってからちょうど半年。午前中のミサを終え、午後は急ぎの仕事はなかったリコリスは、ヒースと共にマルシェへと来ていた。
碧霄は高く淡く、鰯雲が群れを作っている。雁渡しが夏の暑さと湿り気を攫っていき、空気はからりと乾燥している。隣の店からは、今が旬だという魚を売り込む威勢のよい声が響いてくる。
「今日はあたしたちが恋人になってちょうど半年なんだから、ちゃんとお祝いしたいじゃない? そうなったら、やっぱりお肉もワインも付け合わせの野菜もとっておきのものを選びたいじゃない?」
「それだったら中央通りに食事に行くのでもよくないか?」
「いいの。やっぱり初めてのことだから、手作りでお祝いしたいの」
(それにせっかくのお祝いなら誰にも邪魔されたくないし)
近ごろ、ヒースと神子アプローズらしき人物が懇ろにしているらしいという噂が信徒たちの間で広がり始めていた。年若い神子が哀れな独身男を籠絡したのだとか、人肌恋しい独身男が金をちらつかせて世間知らずの神子の身体を買っているのだとか、真実と嘘が入り混じった憶測がミサ後の大聖堂を飛び交い始めていた。
女神祭が終わって少ししたころに、噂の真偽について問いただすためにリコリスは大司教から呼び出しをくらったが、「ご婦人方の噂によると、瓜二つの容姿の持ち主が街にいらっしゃるようなので、その方のことでしょう」飄々と受け流しておいた。公式にはリコリスという人間はこの世に存在しないため、これはあながち嘘ではないが本当とも言い難い。
(――それに)
リコリスが夜に教会の自室にいないことも、食堂に長らく顔を出していないこともろくに把握していない人々にとやかく言われたくない。どのみち、リコリスが最低限の仕事さえこなしていれば、特に関心のない人々なのだ。ならば、現状について干渉されないほうが都合がいい。
「なあ、リコリス。あの肉、美味そうじゃないか? 赤みに適度にサシが入っていて……リコリス?」
あ、うんそうだね、と物思いに耽っていたリコリスは顔を上げる。ヒースが指差す肉を認めると、いいね、と口の端を釣り上げた。
「じゃあそのお肉の塊と……何かおすすめのワインはある?」
店主へとリコリスが問うと、そうですね、としばし彼は考え込んだ。ワインの旬は今だ。店主は目の前の客が購った肉に合いそうで飲みやすそうなものを脳内でリストアップしていく。
「赤でしたら、南西のアルカタ地方の五年物がよろしいかと。先ほどからのお話ですと何やら特別な記念日のようでしたので、ロゼのスパークリングでしたらオルダース地方の十年物なんかもおすすめですよ。どちらもこの先のランドンさんの店にあったかと」
「ありがとう、参考にさせてもらう」
ヒースは財布を開くと、店主に提示された金額を支払った。店主は代金として銀貨五枚を受け取ると、肉の塊を紙で包み始めた。
「それじゃあどうも。またお越しくださいませ」
店主から肉の包みが入った袋を受け取ると、ヒースは彼に軽く会釈した。そして二人は夏よりもいささか長くなった自分たちの影を背に、先ほど教えてもらったランドンの店へと足を向けた。
夏至祭のころよりも早くなった日没にどうにか間に合わせるようにして、二人はヒースの家へと帰ってきた。西の空は夕紅に染まり、東の空の端には月白の静けさが漂っていた。
リコリスは部屋に入ると、マッチを擦って手早くランプに火を灯し、そのまま竈に火を入れた。
食器棚の角に吊るしてあった白いエプロンを手に取ると、リコリスは慣れたふうに身に纏った。腰で紐をぎゅっと結えると、彼女はダイニングテーブルの上に置いていた荷物から肉と野菜を引っ張り出した。ランドンの店で買ってきたワインは木桶に水を汲み、その中で冷やしておくことにする。竈を温めている間に買ってきた食材の下拵えを済ませてしまいたい。
「ヒース、野菜の下拵え手伝って」
「わかった」
ヒースはまな板の上に転がるジャガイモを手に取ると、何となく危なっかしい手つきながらも包丁で皮を剥いていく。リコリスは横でパプリカの種を取りながら、ヒースへと注意を促した。
「ヒース、ジャガイモはちゃんと芽取ってね。毒だから。お腹壊すよ」
おう、とヒースは包丁の角でジャガイモの芽をえぐる。その動きは不慣れさ前回の大ぶりな動きで、刃先が隣に立つリコリスの黒髪を掠めていった。
とん、と、ん。とん。ヒースがジャガイモを切っている横で、手際よく他の野菜の下処理を済ませたリコリスは、買ってきた肉に塩胡椒やハーブをまぶしていく。ぱちぱちと竈から火が爆ぜる音が響く。乾いた木がじんわりと燃えて、焦げた木の皮とほんのりとした土の気配がキッチンを満たした。
食器棚の下からグリル皿を取り出してくるとリコリスは野菜と肉を盛り付けていく。どうにかヒースがジャガイモを切り終えると、それらも回収して、リコリスはグリル皿に盛って、それらを竈の中へと入れた。
「さて、これでよし、と」
リコリスは腰紐を解くとエプロンを脱ぐ。元あった場所にエプロンを引っかけると、彼女は部屋の隅のクローゼットを開けて清潔なタオルを取り出した。
リコリスはタオルを水瓶に浸すと、手早く流しに移動させて絞る。じょるる、と水がタオルから滴る音がキッチンに響く。
「どうした、リコリス。こんな日に掃除か?」
「ううん。今日マルシェ中回ったから汗かいちゃって。ちょっと着替えてくるね。その間、竈の具合見ておいてくれる?」
「あ、ああ、わかった」
リコリスは濡れたタオルを手に奥のベッドルームへと消えていった。見ないほうがいいよな、とヒースはベッドルームへと背を向け、ダイニングチェアに腰掛けると、ゆらゆらと炎が揺れる竈を見つめた。
がさ、がさと背後で衣擦れの音が響く。ばさり、と布が床に落ちる音がヒースの耳朶を叩いた。
(見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ……一緒に住んでいるしこういう関係だといっても、人としてのマナーってものがある。しっかりしろ、俺)
ざっ、ざっ、と背後でリコリスがタオルで身を拭っている音がする。それをざわりとヒースの背筋を撫でていき、何かがそわりと反応しかけるのを感じた。いやいやいや、とヒースはそれを理性で押さえ込む。
(――この世界の始まりには闇があった。その闇を祓い、世界に光をもたらしたのが……)
ヒースは己の背後から意識を逸らそうと、脳内で聖典の始まりの一節を諳んじる。
「――女神リュンヌはこの世界に生命を創り給うた。そして――」
「女神リュンヌは生きとし生けるすべての生命に平等を説いた、ね。さっすが敬虔な信徒だけあって、よく覚えてるね」
背後からリコリスの声がヒースの言葉を継いだ。いつの間に声に出していたのだろう、茶色のチェック柄のチュニックから生成りのブラウスとダークブラウンのスカートに着替えたリコリスが面白いものを見つけたかのようににやにやと笑っている。
彼女は洗濯カゴにさっきまで着ていた服とタオルを入れると、ヒースの座っている椅子までやってきて、彼の首にぐるりと細い腕を巻き付かせた。
「それで、聖典の内容なんて唱えちゃって、本当は何考えてたの?」
「い、いや、なにも……火見てたら眠くなってきたから眠気防止のために何か唱えてようかと」
ふうん? とリコリスはヒースにじっとりとした赤い眼差しを向けながら、息と息が触れ合う距離まで顔を寄せる。ぎくり、としながらヒースは顔を背けようとするが、リコリスがそれを許してくれない。どくん、と心臓が鳴った。
「へえ、ヒースは敬虔な信者なのに、神子様に嘘ついちゃうんだぁ?」
「……」
ヒースは沈黙した。今言ったのが嘘なのは事実だが、先ほどのことを意識していただなんてさすがに四十一のおじさんが十六の娘に言うのは気が引ける。
リコリスは目を細めると、ヒースの耳へと口を寄せた。耳朶に柔らかな唇の感触がぶつかり、すうっという音が聴覚の表面を撫でていった。
「素直に言っちゃいなよ。さっきあたしが着替えてたときどきどきしたって」
「……言うか馬鹿。大人を揶揄うんじゃない。いつか痛い目見るぞ」
妙に艶めかしい声音で囁くリコリスにヒースはどぎまぎとしながらも溜息をつく。つまんないの、と不満げなリコリスの腕が、顔が、ヒースから離れていく。
「あたしだって大人ですー。ヒースはすぐそうやってあたしのことを子供扱いするんだから。あたし、女性としてそんなに魅力ないかなあ?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……これは単純に俺の問題だ」
「恋人のあたしにその問題を一緒に背負わせてくれる気はないわけ?」
「そ、それは……」
ころころと変わる表情も、きらきらと輝く赤い瞳もヒースにとって好ましいと思う。すれた物言いをすると思えば、意外と純粋な年相応の娘らしい側面もあったりして、そんなギャップもヒースの目を奪って離さない。ただ、どちらも成人した大人とはいえ、本来であれば自分の子供のような娘に心を奪われているという点がヒースを素直にさせてくれなかった。
リコリスは竈の前に座り込んで肉の焼け具合を見る。「よし、いい感じ」リコリスは流しの上に掛かっていた鍋つかみに両手を入れると「っあっつ」ほくほくと湯気を上げるグリル皿をダイニングテーブルの上に鎮座するコルク製の鍋敷の上に置いた。
脂の甘みと焼けた肉の表面の香ばしさが入り混じって、ヒースの食欲を刺激する。パプリカからは濃厚でフルーティーな香りが漂い、不揃いなジャガイモからはホクホクとした芋特有の優しい土の匂いが立ち上っている。
リコリスとヒースの腹がくうと同時に我慢の限界を訴えた。二人は顔を見合わせるとぷっと吹き出した。こんな些細なことがおかしくて楽しかった。
「よし、それじゃあ夕食にしようか。ヒース、ワインを開けて」
おう、とヒースは木桶からワインの瓶を取り出した。ぽたぽたとよく冷えた瓶から雫が滴る。ヒースは手拭いで瓶を拭うと、食器棚の中を引っ掻き回して栓抜きを取り出した。
ぽん、という音を立ててワインボトルからコルクの栓が離れる。リコリスは食器棚から皿とフォーク、ナイフにグラスを取り出してダイニングテーブルに並べていった。
「リコリス、いいか?」
うん、とリコリスが頷くと二つのグラスにとぷとぷと音を立ててヒースはワインを注いだ。透明度の高い明るい赤色の液体の水面が、ランプの灯りを乱反射してゆらゆらと光る。
「それじゃあ冷める前に食べようか。座って。お肉切り分けるから」
リコリスはヒースに座るように促すと、グリルされた塊肉をナイフとフォークで切り分けていく。肉は表面はこんがりとしているのに、中はまだ柔らかく赤く、申し分のない焼き加減だった。
リコリスは切り分けた肉と付け合わせの野菜をそれぞれの皿に取り分けると、自分も椅子に腰を下ろし、いただきますと両手を合わせようとした。しかし、待った、とヒースは彼女を制する。
「せっかくだ、時間は取らせない。乾杯しよう」
「それもそうだね」
ヒースは鳶色の双眸に真摯な光を浮かべる。そして改まった口調でこう切り出した。
「こんなどうしようもない男の側に半年もいてくれてありがとう」
まったくもう、とリコリスは頬を膨らませる。ヒースにはこうやって己を卑下する嫌いがある。この悪癖は一体いつになったら治るのだろう。
「そんなふうに言わないの。あたしはヒースだからそばにいたいと思ったんだよ。あたしがヒースを選んで、ヒースもあたしを選んでくれて……あの日あの時の決断をヒースが後悔していないならそれでいいよ」
それもそうだな、とヒースは頷く。無粋なことを言ってしまったとヒースは少し後悔した。
「今後の俺たちの未来が幸せであるように祈って――」
「「――乾杯」」
リコリスとヒースは互いにグラスを持ち上げてみせると、そのままグラスに口をつけた。美味しい、とリコリスは目を見開いた。重くもなくくどくもないのに、白ワインほど甘くなくて飲みやすい。
「あの肉屋も酒屋もお前が飲みやすそうなのを選んでくれたんだろ。口に合ったようでよかった」
「もう、渋くて重たいワインだってもう大人なんだから飲めるよ。マルシェの人たちもあたしのことを子供扱いして……あたし、先月十七になったっていうのに」
なんだって、とヒースは危うくグラスを落としそうになった。十七になった。ということはつまり、ヒースが知らないうちにリコリスは誕生日を迎えていたということで。
「言ってくれたらちゃんとお祝いしたのに。誕生日、いつなんだ?」
「九月十四日。ちょうどきっかり一ヶ月前だね。……そっか、忘れてたけど、普通は誕生日ってお祝いする日なんだね」
神子に誕生日なんてないから忘れてた、とリコリスは笑う。誕生日の一つも祝ってもらえないなんて、とヒースはリコリスが置かれてきた境遇を改めて哀れに思った。
「ちなみにヒースの誕生日は? お祝いしたいから教えてよ」
「二月十九日。俺のことはいいから、今からでもお祝いさせてくれないか?」
それじゃあ一個お願いがあるんだけど、とリコリスはテーブルから身を乗り出した。そして、ヒースの耳元に口を寄せると囁いた。
「あのね、あたし、ヒースに――」
ランプが消えたベッドルーム。シーツが擦れる音がやけに大きく聞こえる。
窓の外ではこの季節を生きる虫たちが刹那の生命を響かせていた。しかし、その窓も今はオリーブ色のカーテンが覆い隠し、現実と泡沫を切り離していた。
「――最後に聞く。本当に、いいんだな?」
ヒースはベッドへと腰掛けるリコリスは改まった面持ちでそう問うた。声に緊張がぴんと張る。
もう何度も言ったじゃん、と少し面倒くさそうな空気を滲ませながら、リコリスは答える。何度も確認されなくても、リコリスの気持ちは決まっている。
「もう、何回念押しするの? ――あたしはヒースがいい。ヒースだからいい」
先程の夕飯の際、ヒースが今からでもリコリスの誕生日を祝わせてほしいと言ったとき、彼女はこう望んだ。
――あのね、あたし、ヒースに今夜抱かれたい
出会った当初から、リコリスは自分を〝女〟にして欲しいと言っていた。キスさえ知らなかったくせに何を言っているんだか、とヒースは一蹴しかけたが、その目はひどく真剣だった。
――あたしにはもう機会はない。だからお願い、あたしの我儘を聞いて。
縋るようなリコリスの言葉にヒースは躊躇いながらも最終的には同意した。もう機会はないという彼女の言葉があまりに切実すぎて、そうせずにはいられなかった。
「わかった。もう引き返せないからな」
それでも痛かったり嫌だったらすぐに言え、とヒースは言い添える。そして、彼はリコリスの肩を押すと、優しくベッドに華奢な身を横たわらせた。
「触っても、いいか?」
鳶色の視線と赤色の視線が交錯する。もう、とリコリスは頬を小さく膨らませた。
「いちいち聞かないでよ。聞かなくたって答えはわかってるくせに」
リコリスは耳が熱くなるのを感じた。いじわる、とリコリスは恨みがましさと恥じらいの入り混じった声で呟いた。
「――ヒース、来て」
ああ、と掠れた声で応じると、ヒースはリコリスの上に覆い被さった。白いブラウスの上からヒースはほのかな膨らみへと触れる。途端にヒースの脳裏にかっと熱が走り、彼は自分の唇を彼女のそれに重ねた。
「ん、っあっ……」
リコリスの唇の端から堪えきれなかったとでもいうように声が漏れた。ヒースは自分の唇で挟むようにして彼女のそれを啄んだ。
んっ、んっ、とリコリスから不慣れなキスが返ってくる。それに応じるようにヒースは片付けを深め、胸を揉みしだく手をゆっくりと回転させる。服越しに頂点をつまむと、「あっ……ん……」期待に満ちた甘い声が漏れ出した。
ヒースはリコリスの下唇を甘く噛むと、柔らかな砦をこじ開け、自分の舌を口内へと滑り込ませた。歯の表面に、歯の裏に舌を這わせながら、先ほど飲んでいたスパークリングワインの味がするといった感想が陶然として甘く痺れたヒースの脳裏を横切っていった。
ヒースの手は双丘の頂点を、周囲を優しく、時に性急に撫でていった。
「ヒースとあたし……同じ味がする……」
キスの合間からリコリスは潤んだ目で吐息混じりにそう吐き出した。不器用ながらも熱を持ってざらざらとした舌は互いの口の中で絡み合い、攻防を続けている。口の中に残る同じワインの味と熱が互いの境目を曖昧にしていた。
「ねえ、ヒース……もっと……もっと、して欲しい……」
「どこで……そんな、台詞を覚えてくるんだか……」
ヒースはリコリスの頬の内側を、硬口蓋を、軟口蓋をぐるりと攻め立てていく。リコリスは自分の口の中一杯にヒースの存在を感じて、腹の奥がじんじんとするのを感じた。同時に足と足の間にぬるりとしたものを感じて、もじもじとしながらリコリスは足を閉じた。
「夜は長い。ましてやお前は初めてなんだ。ちゃんと大事にしてやるから、そっちはもう少し待っておくんだな」
「……っ!」
恥ずかしさでリコリスは頬を紅潮させる。そんな言葉にさえも刺激されて、足の間から染み出してきたぬるぬるとした液体が下着をしっとりと湿らせた。
ヒースはリコリスの口の中をじっくりと攻め立てながら、彼女のブラウスのボタンを一つ一つ音を立てて外していく。その音がリコリスの耳には未知へのカウントダウンのように響いて、期待と不安が交互に心臓を叩いた。
「身体、少し起こせるか?」
リコリスはヒースに促されて上半身をベッドから起こす。すると、両腕からするりとブラウスの袖が抜き取られる。
続いてそのまま肌着が脱がされ、リコリスの控えめな胸の膨らみが、脂肪の少ない腹が露わになった。ヒースは期待で熟れた双丘の先端に唇をつけた。「あ、んっ……」リコリスから悦びに濡れた声が漏れ、彼女の爪先に何かに耐えるように力が込められた。
ヒースはぐるぐると手を腹から下の方へと這わせていく。そして、そのままスカートの紐を解いて彼女から脱がせると、下半身を覆う下着も剥ぎ取った。ヒースの視界の下、リコリスは生まれたままの姿となる。
「ヒース……挿れる、の?」
「まだだ。お前の体が俺を受け入れられるようになるまで、ちゃんと慣らす。そうじゃないと痛いだけだからな。お前の初めてを痛いだけの思い出にしたくない」
ヒースはボタンを乱暴に外すと、着ていたシャツを脱ぐ。ばさりと音を立てて、白いシャツが床へと落ちる。気づけば床にはリコリスの衣類が散乱していた。
二人は指を交互に絡めて両手を握り合った。
「ヒース」
「リコリス」
二人は互いの名を呼び合うと、再び唇を重ね合った。どさっ、とヒースの中肉中背の身体がリコリスの華奢な体の上に覆い被さる。
二人は互いの素肌の感触と熱を感じながら、唇を啄みあった。
くちゅ、くちゅ、という不規則に唇の粘膜が触れ合う音。はあ、はあ、という荒い呼吸。かさっ、かさっと時折シーツが擦れる音が響く。
二人は夜の静寂に熱を任せ、シーツの波間で見る泡沫の夢へと沈んでいった。互いが互いを求め合う熱が二人を離さなかった。甘く切ない声がキスから漏れるようにして互いを呼び合っていた。
――その夜、リコリスは破瓜の痛みと誰かの温もりを感じることの歓びを知った。
「なあ、リコリス。そろそろ決まったか?」
「まだ。せっかくだからこだわりたいし」
リコリスとヒースが恋人となってからちょうど半年。午前中のミサを終え、午後は急ぎの仕事はなかったリコリスは、ヒースと共にマルシェへと来ていた。
碧霄は高く淡く、鰯雲が群れを作っている。雁渡しが夏の暑さと湿り気を攫っていき、空気はからりと乾燥している。隣の店からは、今が旬だという魚を売り込む威勢のよい声が響いてくる。
「今日はあたしたちが恋人になってちょうど半年なんだから、ちゃんとお祝いしたいじゃない? そうなったら、やっぱりお肉もワインも付け合わせの野菜もとっておきのものを選びたいじゃない?」
「それだったら中央通りに食事に行くのでもよくないか?」
「いいの。やっぱり初めてのことだから、手作りでお祝いしたいの」
(それにせっかくのお祝いなら誰にも邪魔されたくないし)
近ごろ、ヒースと神子アプローズらしき人物が懇ろにしているらしいという噂が信徒たちの間で広がり始めていた。年若い神子が哀れな独身男を籠絡したのだとか、人肌恋しい独身男が金をちらつかせて世間知らずの神子の身体を買っているのだとか、真実と嘘が入り混じった憶測がミサ後の大聖堂を飛び交い始めていた。
女神祭が終わって少ししたころに、噂の真偽について問いただすためにリコリスは大司教から呼び出しをくらったが、「ご婦人方の噂によると、瓜二つの容姿の持ち主が街にいらっしゃるようなので、その方のことでしょう」飄々と受け流しておいた。公式にはリコリスという人間はこの世に存在しないため、これはあながち嘘ではないが本当とも言い難い。
(――それに)
リコリスが夜に教会の自室にいないことも、食堂に長らく顔を出していないこともろくに把握していない人々にとやかく言われたくない。どのみち、リコリスが最低限の仕事さえこなしていれば、特に関心のない人々なのだ。ならば、現状について干渉されないほうが都合がいい。
「なあ、リコリス。あの肉、美味そうじゃないか? 赤みに適度にサシが入っていて……リコリス?」
あ、うんそうだね、と物思いに耽っていたリコリスは顔を上げる。ヒースが指差す肉を認めると、いいね、と口の端を釣り上げた。
「じゃあそのお肉の塊と……何かおすすめのワインはある?」
店主へとリコリスが問うと、そうですね、としばし彼は考え込んだ。ワインの旬は今だ。店主は目の前の客が購った肉に合いそうで飲みやすそうなものを脳内でリストアップしていく。
「赤でしたら、南西のアルカタ地方の五年物がよろしいかと。先ほどからのお話ですと何やら特別な記念日のようでしたので、ロゼのスパークリングでしたらオルダース地方の十年物なんかもおすすめですよ。どちらもこの先のランドンさんの店にあったかと」
「ありがとう、参考にさせてもらう」
ヒースは財布を開くと、店主に提示された金額を支払った。店主は代金として銀貨五枚を受け取ると、肉の塊を紙で包み始めた。
「それじゃあどうも。またお越しくださいませ」
店主から肉の包みが入った袋を受け取ると、ヒースは彼に軽く会釈した。そして二人は夏よりもいささか長くなった自分たちの影を背に、先ほど教えてもらったランドンの店へと足を向けた。
夏至祭のころよりも早くなった日没にどうにか間に合わせるようにして、二人はヒースの家へと帰ってきた。西の空は夕紅に染まり、東の空の端には月白の静けさが漂っていた。
リコリスは部屋に入ると、マッチを擦って手早くランプに火を灯し、そのまま竈に火を入れた。
食器棚の角に吊るしてあった白いエプロンを手に取ると、リコリスは慣れたふうに身に纏った。腰で紐をぎゅっと結えると、彼女はダイニングテーブルの上に置いていた荷物から肉と野菜を引っ張り出した。ランドンの店で買ってきたワインは木桶に水を汲み、その中で冷やしておくことにする。竈を温めている間に買ってきた食材の下拵えを済ませてしまいたい。
「ヒース、野菜の下拵え手伝って」
「わかった」
ヒースはまな板の上に転がるジャガイモを手に取ると、何となく危なっかしい手つきながらも包丁で皮を剥いていく。リコリスは横でパプリカの種を取りながら、ヒースへと注意を促した。
「ヒース、ジャガイモはちゃんと芽取ってね。毒だから。お腹壊すよ」
おう、とヒースは包丁の角でジャガイモの芽をえぐる。その動きは不慣れさ前回の大ぶりな動きで、刃先が隣に立つリコリスの黒髪を掠めていった。
とん、と、ん。とん。ヒースがジャガイモを切っている横で、手際よく他の野菜の下処理を済ませたリコリスは、買ってきた肉に塩胡椒やハーブをまぶしていく。ぱちぱちと竈から火が爆ぜる音が響く。乾いた木がじんわりと燃えて、焦げた木の皮とほんのりとした土の気配がキッチンを満たした。
食器棚の下からグリル皿を取り出してくるとリコリスは野菜と肉を盛り付けていく。どうにかヒースがジャガイモを切り終えると、それらも回収して、リコリスはグリル皿に盛って、それらを竈の中へと入れた。
「さて、これでよし、と」
リコリスは腰紐を解くとエプロンを脱ぐ。元あった場所にエプロンを引っかけると、彼女は部屋の隅のクローゼットを開けて清潔なタオルを取り出した。
リコリスはタオルを水瓶に浸すと、手早く流しに移動させて絞る。じょるる、と水がタオルから滴る音がキッチンに響く。
「どうした、リコリス。こんな日に掃除か?」
「ううん。今日マルシェ中回ったから汗かいちゃって。ちょっと着替えてくるね。その間、竈の具合見ておいてくれる?」
「あ、ああ、わかった」
リコリスは濡れたタオルを手に奥のベッドルームへと消えていった。見ないほうがいいよな、とヒースはベッドルームへと背を向け、ダイニングチェアに腰掛けると、ゆらゆらと炎が揺れる竈を見つめた。
がさ、がさと背後で衣擦れの音が響く。ばさり、と布が床に落ちる音がヒースの耳朶を叩いた。
(見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ……一緒に住んでいるしこういう関係だといっても、人としてのマナーってものがある。しっかりしろ、俺)
ざっ、ざっ、と背後でリコリスがタオルで身を拭っている音がする。それをざわりとヒースの背筋を撫でていき、何かがそわりと反応しかけるのを感じた。いやいやいや、とヒースはそれを理性で押さえ込む。
(――この世界の始まりには闇があった。その闇を祓い、世界に光をもたらしたのが……)
ヒースは己の背後から意識を逸らそうと、脳内で聖典の始まりの一節を諳んじる。
「――女神リュンヌはこの世界に生命を創り給うた。そして――」
「女神リュンヌは生きとし生けるすべての生命に平等を説いた、ね。さっすが敬虔な信徒だけあって、よく覚えてるね」
背後からリコリスの声がヒースの言葉を継いだ。いつの間に声に出していたのだろう、茶色のチェック柄のチュニックから生成りのブラウスとダークブラウンのスカートに着替えたリコリスが面白いものを見つけたかのようににやにやと笑っている。
彼女は洗濯カゴにさっきまで着ていた服とタオルを入れると、ヒースの座っている椅子までやってきて、彼の首にぐるりと細い腕を巻き付かせた。
「それで、聖典の内容なんて唱えちゃって、本当は何考えてたの?」
「い、いや、なにも……火見てたら眠くなってきたから眠気防止のために何か唱えてようかと」
ふうん? とリコリスはヒースにじっとりとした赤い眼差しを向けながら、息と息が触れ合う距離まで顔を寄せる。ぎくり、としながらヒースは顔を背けようとするが、リコリスがそれを許してくれない。どくん、と心臓が鳴った。
「へえ、ヒースは敬虔な信者なのに、神子様に嘘ついちゃうんだぁ?」
「……」
ヒースは沈黙した。今言ったのが嘘なのは事実だが、先ほどのことを意識していただなんてさすがに四十一のおじさんが十六の娘に言うのは気が引ける。
リコリスは目を細めると、ヒースの耳へと口を寄せた。耳朶に柔らかな唇の感触がぶつかり、すうっという音が聴覚の表面を撫でていった。
「素直に言っちゃいなよ。さっきあたしが着替えてたときどきどきしたって」
「……言うか馬鹿。大人を揶揄うんじゃない。いつか痛い目見るぞ」
妙に艶めかしい声音で囁くリコリスにヒースはどぎまぎとしながらも溜息をつく。つまんないの、と不満げなリコリスの腕が、顔が、ヒースから離れていく。
「あたしだって大人ですー。ヒースはすぐそうやってあたしのことを子供扱いするんだから。あたし、女性としてそんなに魅力ないかなあ?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……これは単純に俺の問題だ」
「恋人のあたしにその問題を一緒に背負わせてくれる気はないわけ?」
「そ、それは……」
ころころと変わる表情も、きらきらと輝く赤い瞳もヒースにとって好ましいと思う。すれた物言いをすると思えば、意外と純粋な年相応の娘らしい側面もあったりして、そんなギャップもヒースの目を奪って離さない。ただ、どちらも成人した大人とはいえ、本来であれば自分の子供のような娘に心を奪われているという点がヒースを素直にさせてくれなかった。
リコリスは竈の前に座り込んで肉の焼け具合を見る。「よし、いい感じ」リコリスは流しの上に掛かっていた鍋つかみに両手を入れると「っあっつ」ほくほくと湯気を上げるグリル皿をダイニングテーブルの上に鎮座するコルク製の鍋敷の上に置いた。
脂の甘みと焼けた肉の表面の香ばしさが入り混じって、ヒースの食欲を刺激する。パプリカからは濃厚でフルーティーな香りが漂い、不揃いなジャガイモからはホクホクとした芋特有の優しい土の匂いが立ち上っている。
リコリスとヒースの腹がくうと同時に我慢の限界を訴えた。二人は顔を見合わせるとぷっと吹き出した。こんな些細なことがおかしくて楽しかった。
「よし、それじゃあ夕食にしようか。ヒース、ワインを開けて」
おう、とヒースは木桶からワインの瓶を取り出した。ぽたぽたとよく冷えた瓶から雫が滴る。ヒースは手拭いで瓶を拭うと、食器棚の中を引っ掻き回して栓抜きを取り出した。
ぽん、という音を立ててワインボトルからコルクの栓が離れる。リコリスは食器棚から皿とフォーク、ナイフにグラスを取り出してダイニングテーブルに並べていった。
「リコリス、いいか?」
うん、とリコリスが頷くと二つのグラスにとぷとぷと音を立ててヒースはワインを注いだ。透明度の高い明るい赤色の液体の水面が、ランプの灯りを乱反射してゆらゆらと光る。
「それじゃあ冷める前に食べようか。座って。お肉切り分けるから」
リコリスはヒースに座るように促すと、グリルされた塊肉をナイフとフォークで切り分けていく。肉は表面はこんがりとしているのに、中はまだ柔らかく赤く、申し分のない焼き加減だった。
リコリスは切り分けた肉と付け合わせの野菜をそれぞれの皿に取り分けると、自分も椅子に腰を下ろし、いただきますと両手を合わせようとした。しかし、待った、とヒースは彼女を制する。
「せっかくだ、時間は取らせない。乾杯しよう」
「それもそうだね」
ヒースは鳶色の双眸に真摯な光を浮かべる。そして改まった口調でこう切り出した。
「こんなどうしようもない男の側に半年もいてくれてありがとう」
まったくもう、とリコリスは頬を膨らませる。ヒースにはこうやって己を卑下する嫌いがある。この悪癖は一体いつになったら治るのだろう。
「そんなふうに言わないの。あたしはヒースだからそばにいたいと思ったんだよ。あたしがヒースを選んで、ヒースもあたしを選んでくれて……あの日あの時の決断をヒースが後悔していないならそれでいいよ」
それもそうだな、とヒースは頷く。無粋なことを言ってしまったとヒースは少し後悔した。
「今後の俺たちの未来が幸せであるように祈って――」
「「――乾杯」」
リコリスとヒースは互いにグラスを持ち上げてみせると、そのままグラスに口をつけた。美味しい、とリコリスは目を見開いた。重くもなくくどくもないのに、白ワインほど甘くなくて飲みやすい。
「あの肉屋も酒屋もお前が飲みやすそうなのを選んでくれたんだろ。口に合ったようでよかった」
「もう、渋くて重たいワインだってもう大人なんだから飲めるよ。マルシェの人たちもあたしのことを子供扱いして……あたし、先月十七になったっていうのに」
なんだって、とヒースは危うくグラスを落としそうになった。十七になった。ということはつまり、ヒースが知らないうちにリコリスは誕生日を迎えていたということで。
「言ってくれたらちゃんとお祝いしたのに。誕生日、いつなんだ?」
「九月十四日。ちょうどきっかり一ヶ月前だね。……そっか、忘れてたけど、普通は誕生日ってお祝いする日なんだね」
神子に誕生日なんてないから忘れてた、とリコリスは笑う。誕生日の一つも祝ってもらえないなんて、とヒースはリコリスが置かれてきた境遇を改めて哀れに思った。
「ちなみにヒースの誕生日は? お祝いしたいから教えてよ」
「二月十九日。俺のことはいいから、今からでもお祝いさせてくれないか?」
それじゃあ一個お願いがあるんだけど、とリコリスはテーブルから身を乗り出した。そして、ヒースの耳元に口を寄せると囁いた。
「あのね、あたし、ヒースに――」
ランプが消えたベッドルーム。シーツが擦れる音がやけに大きく聞こえる。
窓の外ではこの季節を生きる虫たちが刹那の生命を響かせていた。しかし、その窓も今はオリーブ色のカーテンが覆い隠し、現実と泡沫を切り離していた。
「――最後に聞く。本当に、いいんだな?」
ヒースはベッドへと腰掛けるリコリスは改まった面持ちでそう問うた。声に緊張がぴんと張る。
もう何度も言ったじゃん、と少し面倒くさそうな空気を滲ませながら、リコリスは答える。何度も確認されなくても、リコリスの気持ちは決まっている。
「もう、何回念押しするの? ――あたしはヒースがいい。ヒースだからいい」
先程の夕飯の際、ヒースが今からでもリコリスの誕生日を祝わせてほしいと言ったとき、彼女はこう望んだ。
――あのね、あたし、ヒースに今夜抱かれたい
出会った当初から、リコリスは自分を〝女〟にして欲しいと言っていた。キスさえ知らなかったくせに何を言っているんだか、とヒースは一蹴しかけたが、その目はひどく真剣だった。
――あたしにはもう機会はない。だからお願い、あたしの我儘を聞いて。
縋るようなリコリスの言葉にヒースは躊躇いながらも最終的には同意した。もう機会はないという彼女の言葉があまりに切実すぎて、そうせずにはいられなかった。
「わかった。もう引き返せないからな」
それでも痛かったり嫌だったらすぐに言え、とヒースは言い添える。そして、彼はリコリスの肩を押すと、優しくベッドに華奢な身を横たわらせた。
「触っても、いいか?」
鳶色の視線と赤色の視線が交錯する。もう、とリコリスは頬を小さく膨らませた。
「いちいち聞かないでよ。聞かなくたって答えはわかってるくせに」
リコリスは耳が熱くなるのを感じた。いじわる、とリコリスは恨みがましさと恥じらいの入り混じった声で呟いた。
「――ヒース、来て」
ああ、と掠れた声で応じると、ヒースはリコリスの上に覆い被さった。白いブラウスの上からヒースはほのかな膨らみへと触れる。途端にヒースの脳裏にかっと熱が走り、彼は自分の唇を彼女のそれに重ねた。
「ん、っあっ……」
リコリスの唇の端から堪えきれなかったとでもいうように声が漏れた。ヒースは自分の唇で挟むようにして彼女のそれを啄んだ。
んっ、んっ、とリコリスから不慣れなキスが返ってくる。それに応じるようにヒースは片付けを深め、胸を揉みしだく手をゆっくりと回転させる。服越しに頂点をつまむと、「あっ……ん……」期待に満ちた甘い声が漏れ出した。
ヒースはリコリスの下唇を甘く噛むと、柔らかな砦をこじ開け、自分の舌を口内へと滑り込ませた。歯の表面に、歯の裏に舌を這わせながら、先ほど飲んでいたスパークリングワインの味がするといった感想が陶然として甘く痺れたヒースの脳裏を横切っていった。
ヒースの手は双丘の頂点を、周囲を優しく、時に性急に撫でていった。
「ヒースとあたし……同じ味がする……」
キスの合間からリコリスは潤んだ目で吐息混じりにそう吐き出した。不器用ながらも熱を持ってざらざらとした舌は互いの口の中で絡み合い、攻防を続けている。口の中に残る同じワインの味と熱が互いの境目を曖昧にしていた。
「ねえ、ヒース……もっと……もっと、して欲しい……」
「どこで……そんな、台詞を覚えてくるんだか……」
ヒースはリコリスの頬の内側を、硬口蓋を、軟口蓋をぐるりと攻め立てていく。リコリスは自分の口の中一杯にヒースの存在を感じて、腹の奥がじんじんとするのを感じた。同時に足と足の間にぬるりとしたものを感じて、もじもじとしながらリコリスは足を閉じた。
「夜は長い。ましてやお前は初めてなんだ。ちゃんと大事にしてやるから、そっちはもう少し待っておくんだな」
「……っ!」
恥ずかしさでリコリスは頬を紅潮させる。そんな言葉にさえも刺激されて、足の間から染み出してきたぬるぬるとした液体が下着をしっとりと湿らせた。
ヒースはリコリスの口の中をじっくりと攻め立てながら、彼女のブラウスのボタンを一つ一つ音を立てて外していく。その音がリコリスの耳には未知へのカウントダウンのように響いて、期待と不安が交互に心臓を叩いた。
「身体、少し起こせるか?」
リコリスはヒースに促されて上半身をベッドから起こす。すると、両腕からするりとブラウスの袖が抜き取られる。
続いてそのまま肌着が脱がされ、リコリスの控えめな胸の膨らみが、脂肪の少ない腹が露わになった。ヒースは期待で熟れた双丘の先端に唇をつけた。「あ、んっ……」リコリスから悦びに濡れた声が漏れ、彼女の爪先に何かに耐えるように力が込められた。
ヒースはぐるぐると手を腹から下の方へと這わせていく。そして、そのままスカートの紐を解いて彼女から脱がせると、下半身を覆う下着も剥ぎ取った。ヒースの視界の下、リコリスは生まれたままの姿となる。
「ヒース……挿れる、の?」
「まだだ。お前の体が俺を受け入れられるようになるまで、ちゃんと慣らす。そうじゃないと痛いだけだからな。お前の初めてを痛いだけの思い出にしたくない」
ヒースはボタンを乱暴に外すと、着ていたシャツを脱ぐ。ばさりと音を立てて、白いシャツが床へと落ちる。気づけば床にはリコリスの衣類が散乱していた。
二人は指を交互に絡めて両手を握り合った。
「ヒース」
「リコリス」
二人は互いの名を呼び合うと、再び唇を重ね合った。どさっ、とヒースの中肉中背の身体がリコリスの華奢な体の上に覆い被さる。
二人は互いの素肌の感触と熱を感じながら、唇を啄みあった。
くちゅ、くちゅ、という不規則に唇の粘膜が触れ合う音。はあ、はあ、という荒い呼吸。かさっ、かさっと時折シーツが擦れる音が響く。
二人は夜の静寂に熱を任せ、シーツの波間で見る泡沫の夢へと沈んでいった。互いが互いを求め合う熱が二人を離さなかった。甘く切ない声がキスから漏れるようにして互いを呼び合っていた。
――その夜、リコリスは破瓜の痛みと誰かの温もりを感じることの歓びを知った。



