――伝承は、語る。
 この世界――レーツェル大陸の始まりは女神リュンヌが世界に満ちた闇を祓ったこととされている。それによって世界には光が満ち、生命が生み出されたという。
 女神リュンヌがこの世界を統べた太古の時代は、人々に繁栄をもたらした。女神リュンヌを崇める人々が作り上げたのが、今日まで続く聖グラース教会である。
 しかし、女神リュンヌの力も無限ではなく、この世界の成り立ちから千年も経つと弱まり始めた。かつて女神リュンヌが祓った夜の闇――千年に一度の完全皆既月食の夜がやってくると、彼女は力を振り絞って再びそれを祓った。
 それ以来、力のほとんどを失ってしまった女神リュンヌは眠りにつく前に二つの預言を残した。
――一つ目は、千年に一度、この世界が終わる完全皆既月食の夜――終滅の夜(エクリプス)がやってくるということ。終滅の夜(エクリプス)の闇に呑み込まれてしまえば、草木は枯れ、世界に息づくすべての命が終わりを迎えるのだという。
――二つ目は、終滅の夜(エクリプス)が近づくと、己の力を継ぐ神子が現れるということ。その者は青い月によって選ばれ、選ばれた者には身体のどこかに薔薇の模様の痣が刻まれる。終滅の夜(エクリプス)の闇を祓える者は神子以外にはいないと女神リュンヌは説いた。
 神子の身には常人とは異なる女神の力――天恵と呼ばれる聖なる気が満ちているとされている。天恵は終滅の夜(エクリプス)に最も強くなり、その生命と引き換えに世界を千年の厄災から救うと言われている。
 
――時は巡り、次の終滅の夜(エクリプス)まで十数年。
 世界には当代の神子が生まれ落ちていた――