『人生ラン♪ラン♪ラン♪』~妻に捧げるラヴソング~


 あっ! 

 急ブレーキに驚いて目を開けると、「急停車します。ご注意ください」という自動アナウンスが耳に入った。〈ご注意くださいと言われたって、ブレーキをかけたあとで言われてもどうしようもないだろう〉とブツブツ言いたくなったが、よく見ると、次の駅に到着しているようだった。

 ん? 
 なんだ? 

 その後はなんのアナウンスもなく電車は止まったままだったので、車内がザワザワしてきた。すると、ゆっくりバックをし始めた。理由の説明はなかったが、オーバーランが原因のようだった。

「素人か!」 

 隣で吊革を掴んでいる乗客が吐き捨ててから舌打ちをした。

 やっと所定の位置に停車してドアが開くと、三人組の若い男性が乗り込んできた。ドア付近に立った彼らの顔はツルツルとして大学生のようにも見えたが、スーツを着ているので新入社員なのだろう。試採用期間が終わって辞令が出た頃かもしれない。そう思って聞き耳を立てていると、希望が叶った人とそうではない人に分かれていることがなんとなくわかった。一人だけ口数が少ないのだ。ウキウキと話す二人を羨ましそうに見ているようにも見えた。

 でもね、

 わたしは心の中で呟いた。
 これからの長い会社員人生、一喜一憂する必要はないんだよ。良いこともあれば悪いこともある。悪いことがあれば良いこともある。良いことが長く続くことはないし、悪いことも長く続かない。
 もし転職しなかったら、少なくとも65歳、いや、君たちの時代の定年は70歳かな? 
 とすると、50年近く同じ会社で働くことになる。50年と言えば、1万8千250日になる。時間に直せば、43万8千時間。分に直せば……、止めておこう。とにかく、物凄い時間を仕事に費やすことになる。
 もちろん、この中には仕事以外の時間も含まれている。だから、8時間労働なら三分の一、そして、週休2日なら、更に7割になる。しかし、食事中も、風呂に入っている時も、デートをしている時も、ふと気づくと仕事のことを考えていたりする。睡眠中だってそうだ。仕事の夢にうなされることも少なからずある。働き出せば、仕事中かそうでないかに関わらず仕事に支配されてしまうのだ。
 そんなものだ。定年まで働いたわたしの経験から言えば、仕事ばかりしていたとしか言えない。家族には申し訳なかったが、本当に悪かったと思っているが、事実だから仕方がない。仕事がすべてだったのだ。
 もちろん、全部が全部うまくいったわけではないし、苦々しい思いをしたこともある。でも、これだけは言える。〈仕事のない人生は考えられなかった〉と。それくらい仕事の存在感は大きい。だから自分にとって仕事とはなんなのかよく考えてもらいたい。今始まったばかりの君たちにとって仕事とは何か? どう向き合うのか? その答えを自分で見つけてもらいたい。そして、悔いのない人生を過ごしてもらいたい。心からそう思う。

 濃紺のスーツに身を包んだ三人の若者が次の駅で降りた。その後姿を見ていると、自分の新入社員時代のことが蘇ってきた。