「ねぇポリーナ、見てあそこ。酔っぱらいが寝てるの」
「え?」

いつも一緒に出勤しているリラと落ち合った途端そう言われた。彼女が指さした方向を見てみると、確かに男が一人でベンチに横になっている。

「この寒いのに信じられない。まさか死んでないわよね?」
リラが笑う。

深緑のコートに、ブロンドの髪。斜めがけされた皮のショルダーバッグ。
何だか見覚えがあるものばかりな気がした。

「……リラ。ちょっと今日は先に行ってもらえる?」
「え?うん。わかった」

彼女を見送った後、そうっと男に近付いてみる。

「やっぱり!」

そこで寝息をたてていたのは、この前親友を泣かせた男だった。
「イーヴァン!」ベンチからはみ出した足を小突いてやる。
「ちょっと。死ぬわよ、あんた」
んん、なんて唸りながら仰向けになったイーヴァンは、また眠りに堕ちてしまった。相変わらず憎たらしいほど整った顔が陽光に照らされる。

放っておきたかったけれど、一応は知り合いだし。このまま凍死されるのも寝覚めが悪いっていうか。
「ねぇ、ちょっとイーヴァン。大丈夫?」
触れた頬は、思わず手を引っ込めてしまうほど冷たかった。
「めって、言っただろ……」
「え?なに?」
むにゃむにゃ発された言葉を聞き返した時。

「ハル」

誰かの名前を呼んだ彼に
「今、だけ……」
ぎゅっと左手を握られた。

「な、」
体がかっと熱くなる。離して、と言ってみても無駄だった。私の手をしっかり握ったまま夢の世界にいってしまったようだ。
「誰よ?ハルって」
ベンチの隙間に腰掛けイーヴァンの顔をまじまじ見てみると、目の下に隈が浮かんでいる。前に会った時より痩せた気もした。

……そうか。
夢にみるくらい、好きな人がいるのね。
こんなに切ない声で名前を呼んでしまうくらい恋しい人が。

「意外と辛いのね。あんたも」

繋いだ手を眺めため息を吐いた。