熱に浮かされたような日々も
過ぎ去ってしまえばもう、ただの記憶の一部だった。

「イーヴァン」

仲間の一人が小声で俺を呼ぶ。目線の先にあるのは立ち呑み屋の馬車だ。尻ポケットに財布を入れた男が立っている。
頷いて見せると、仲間がニヤリと笑う。

「兄さん。一杯奢らせてくれないか?ギャンブルに勝って気分が良いんだ」

仲間と男が盛り上がって話している間に財布を掏った。素早く紙幣だけ抜き去り財布は男の足下に放る。酔っぱらい相手に盗むのは赤ん坊の手を捻るより簡単だ。
仲間に目配せしその場を離れた。

「上手くいったな?」
「あぁ。財布落としてるぜ、って教えてやったら礼まで言われたよ」

合流した仲間と爆笑し、盗ったばかりの金を半分渡した。


詐欺師としての勘がすっかり戻り、街角で荒稼ぎする毎日。
ある意味自分らしい日常を取り戻した。

「夕方までにもう二件くらいやれるかな」
「もっといけるよ。場所変えようぜ」

目まぐるしく過ぎる日々の中で、彼女の事もそのうち思い出さなくなるんだろう。

ずっとそうして生きてきた。

だから、
それで良かった。