「やけに明るいな?あそこの空」

窓際に立ったダニーが外を見ながら呟いた。

「んー?火事か?」
「ふぅん」
「ちょっと見てくる」

ダニーが出て行った後も俺はソファに体を投げ、新聞に目を通したりして適当に過ごしていた。
よくやるよ、と思う。自分には全く関係のない話だ。
「いやいや。すごい野次馬の数だ」
割とすぐに戻ってきたダニーからは、微かに煙の匂いがした。

「早いな」
「あぁ、もう噂で持ちきりだったんでね。やはり火事だそうだ。どうも教会らしい」

周りの景色が凍りつく。

「な、に?」
「だから。ドゥーブル教会が……」
「燃えてるっていうのか!?」
ダニーが言い終わらないうちに、掴みかかる勢いで問いつめる。
「な、なんだ。どうし……」
気が付いたらそのまま家を飛び出していた。

── ハル、
ハル、
ハル。

心の中で
何度も何度も君の名を呼びながら走った。


「……んだ、これ……」

現場に到着し言葉を失った。
いつか彼女を送ってきた教会が、轟々と音をたてる炎に包まれていた。夜空に立ち昇る火柱。舞い上がる火の粉がまるで流れ星のようだ。
周囲はたくさんの人で溢れ、泣いている者もいる。

「何があったんだ?」
「侵入者が機関銃を乱射したんだと。」

聞こえてきた噂は耳を疑うもので。
「私の隣に座っていた人が撃ち殺されたのよ!他にも撃たれた人がいるわ。神聖な式典の最中にこんな事になるなんて!!」
小太りの女が野次馬に向かってそうまくしたてていた。着ている服の右部分に血が付着している。

「……嘘だろ」

彼女は、
どこに?

「えぇ。教会の者は全員無事です」
顔を上げると、白い服を着た初老の女性が警察官と話しているのが目に入った。

「そうです、シスター達も。ですがお客様が何名か撃たれ、聖堂のろうそくが倒れて火がついて。犯人の男は最後に自分を……」

修道院長なのだろうか。震えた声でそう言いながら口元を手で覆っている。
後ろに控える大勢のシスター達は皆抱き合って泣いていたが、修道服を着ていない人物はいない。

── 『全員無事』、
今そう言ったよな?

「……」
ほっとしてその場に座り込みそうになった。

そうだ。大体、いつもまだ店で働いてる時間じゃないか。
気付いた途端に気が緩む。
「バカだな。なに焦ってんだ」
喧噪の場から抜け出そうと、一人踵を返した時。

「ま……待って、ハルは!?ハルがいない!!」

一人のシスターがそう叫んだ。

「何ですって!?」
「ハル!ハル、どこ!?」
白い服の女も血相を変えて飛んでくる。

「そうだわ、あの子……銃声が怖くて動けなくなってるのよ!」
「ハル!出てきて、お願い!」
「ハル!」

燃え盛る炎に向かって呼ばれ続ける彼女の名前。
あまりの現実感の無さに呆然とする。頭が痺れて理解できない。

「崩れる、危ない!離れて!」
誰かがそう声をあげた瞬間、教会の天井が半分崩落した。周囲に響き渡る悲鳴。


まだ、この中に
いるのか?


『── 一緒に見られて良かった。』


「……どこだ!」
彼女の笑顔が過ぎった瞬間、呪いがとけたように駆けだした。
シスターの集団に飛び込み最初に声を上げた子の両肩を掴む。周囲の視線が俺に集中するのがわかった。

「ハルは最後にどこにいた!?」
「だ……誰?あなた」
「答えてくれ、頼む!」

記憶を手繰り寄せようとしているのか彼女の目が必死に泳ぐ。
「キッチンじゃない!?いつもお菓子を準備してくれてるから」
「そ、そっか!そうね」
別のシスターの口出しに、彼女も頷いた。

「どこにある」
「せ、聖堂の手前を左に折れて。一番奥……」
崩れかけの正門を睨む。

「……わかった、」

教会を飲み込む炎は、ますます勢いを増している。この距離でも熱風で喉が焼けそうだ。
「待って、あなた何する気!?」
服の裾を捕まれたが、振り切って走った。

正門からは、どう考えても入れない。別の入口を探しに裏手へまわる。制止する声に構っている暇は無かった。
「よし、」
炎が途切れている窓に石をぶつける。ヒビが入った箇所を思い切り蹴破ると、一気に煙が吹き出した。
ギリギリのところまで炎が迫っていたものの何とか中に滑り込む。

そこは廊下の途中だった。白い煙が濛々と立ちこめ、ガラスの割れる音がひっきりなしに響いている。
「ハル!どこだ!?」
喉にまとわりつく煙の味。息苦しさに激しくむせた。
長くはいられない。振り返ってすぐ、何かに躓いた。

足下を見て息を呑む。オレンジ色のジャンパーを着た男が頭を撃ち抜いて死んでいた。
その手には銃がある。

── こいつが犯人か。

口元が微かに笑ったままだ。
思わず目を逸らした先に、奥へと続く細い廊下があった。

「ここか!」

煙のせいで視界がほぼきかなくなっていた。
力を振り絞り、最奥の部屋まで一気に駆けた。