「ねぇ、いい加減起きて。私、本当に遅刻しちゃう」
太ももに痛みを感じてハッとする。起きあがった時には、大分頭がすっきりしていた。
「やぁっと起きた。」
呆れ顔でこちらを睨んでいるのは
「ポリーナ?なんで」
「どうでもいいけど。そろそろ手、離してくれる?」
なぜか握りしめていた彼女の左手を、慌てて離す。
「真冬にこんな所で寝てるんじゃないわよ。雪でも降ったら凍死よ」
いつもの調子で文句を言いながらポリーナが立ち上がる。花柄のワンピースの裾が揺れた。

── あれ?

「君だったのか?」
「なにが」
「最初からずっと?」
「そうよ。悪い?」

彼女と数秒見つめ合う。

「そ、か……そうだよな」

全部全部
夢、だよな。

「声かけてくれてありがとう。……助かった」
ボーッとした頭で礼を言うと、ポリーナは目を見開いた。
「どうしちゃったのよ。大丈夫?」
「ああ。大丈夫」 

眠りの合間の朧気な記憶。結果的には勘違いだったけど、あの瞬間は確かにハルの存在を感じて。
幸せで。
でも、夢で。

「はぁーあ。調子狂うわ」
勢いよく息を吐いたポリーナは俺に向き直った。
「上手くやんなさいよね。あんた顔だけは良いんだから」
「は?」
「マリナを泣かせた分までね!このプレイボーイ」
俺の額を指で弾き、サッサと歩き出す。
「何なんだ」
意味がわからなかったが、いつもと変わらぬ彼女に少し救われた。

もうすっかり朝になっていた。人々が忙しなく通りを行き交う。
夢の続きなんか引きずって、動き出せないのは俺だけだ。

普段平気な顔して過ごしていたって
ふっと思い出してしまうと、もうダメで。
頭の中ではさっきから優しい笑顔をなぞってばかり。

もう会わないと決めてからの方が、彼女が胸にずっといる気がした。

情けないだろ?
自分でも嫌になるよ、

……ハル。