雪梅の寝室につき、ふたりは中に入る。

 長案を挟んで椅子に座ると、天翊は口を開いた。

「――昨夜のことを、誰かに話したか?」
「……? 陛下のことでしたら、侍女に話しました。料理の配膳を手伝ってもらいましたから」
「いや、そなたが助けたという鳥のことだ」
「いいえ、陛下以外には誰にも。不思議な鳥でしたから……」

 そのことに胸を撫で下ろす天翊。雪梅は彼の反応に首を捻る。

 天翊は椅子から立ち上がり、雪梅に近寄ると彼女を立たせ、寝台へ導く。

 恥じらいで赤面する雪梅を、安心させるように背中を撫で、優しく寝台に座らせ、唇を親指でなぞった。

「今度は、きちんと覚えているから」
「……はい」

 雪梅は静かに目を閉じて――天翊の唇を受け入れた。

 唇を重ね彼の体温を感じると、雪梅はなにかに満たされたようなふわふわとした感覚になる。

 この気持ちをなんというのか、彼女はまだ知らない。

 ただ、天翊に求められていることだけが、理解できた。

 天翊と身体を重ね終え、雪梅は夢見心地で今日の出来事を話し出す。

 ぽつり、ぽつりと親友である万姫とお茶をしたことや、彼女の機嫌がとても悪かったと教えると、天翊は意外そうに目を丸くした。

「白賢妃と仲がいいのか?」
「親友です。私がそう思っているだけかもしれませんけれど……」

 万姫との出会いや交流を語る雪梅の表情は穏やかで、その顔を見ていると心が安らいだ天翊は、彼女のことをもっと知りたいと思うようになった。

(側近に藍家のことを調べさせたが、彼女の扱いは酷かった……それなのに、藍昭儀は自分のことよりも他人のことを気遣えるとは……)

 雪梅の料理を口に運んだとき、『食べる人のことを思って作っている』という印象を受けた。

 もちろん、宮廷の料理人たちが作る料理も、食べる人のことを思って作っているだろう。

 だが、雪梅の料理には『真心』を感じたのだ、と天翊は目を細める。

(料理を味わうたび、不安げに瞳を揺らしていたあの表情――……)

 思い浮かべるだけで、なぜかきゅっと胸を締め付けられたような感覚になり、天翊はぎゅっと彼女のことを抱きしめた。

 ◆◆◆

 すぅすぅ、と寝息が聞こえ、抱きしめていた腕を緩め、天翊は彼女の髪を撫でる。

『――(ホウ)(オウ)は、その娘を選んだようだな』

 天翊は自分の内側から頭に届く声に、肯定のうなずきを返す。

「ああ。だが、なぜ彼女を選んだのか――……」

 全身が細い雪梅を抱いて、天翊は目を伏せる。いつも感じていた痛みは、執務中に戻ってきた。

 しかし、こうして雪梅に触れていると、その痛みはどこか遠くへ消えていく。

『龍の加護を受けた天翊と、鳳凰に選ばれた雪梅か』

「……加護には感謝している。この加護がなければ、我はすでに命を失っていただろう」

 全身を(むしば)む痛みに耐えてこられたのは、(しん)(みょう)国を守護する龍が天翊の中に入り守ってくれているからだ。