名門の藍家に生まれたものの、雪梅が生まれてから彼女の父である(シャオ)(ミン)が家を留守にすることが多くなった。

 母の林杏は、暁明が自分のもとから離れるのは雪梅のせいだと、彼女を強く憎むようになる。

 暁明は藍家に帰ってきては、雪梅のことを可愛がった。だが、林杏は娘に嫉妬し、母ではなく女であることを選んだ。

 ――その結果が、雪梅の後宮入りだ。

『あんたとよく一緒にいた娘も一緒に入らせてあげる。もうわたくしたちの邪魔をしないで!』

 後宮に入る前日、吐き捨てるように言われた。そのことが胸中をかすめ、雪梅の表情がかげる。

(私にもし、子どもができたら、たくさんの愛情を注ごう)

 決心を胸に刻みつけて入った後宮。

 しかし、雪梅に待っていたのは、まるで透明人間になったかのような生活だった。

 藍家の事情は後宮の人たちにも伝わっていたようで、雪梅と月鈴は誰にも話しかけられることはなかった。

 月鈴は時間をかけて宮女と交流を深めたようだが、雪梅はただぼんやりと過ごしていた。いるだけで母から疎まれていた生家とは違い、()()では心が傷つくことなく穏やかな日々を過ごせる。

 それだけでも、雪梅にとってはありがたかった。

 平穏な生活にも慣れた頃、後宮を歩いている途中に賢妃の(バイ)(ワン)(チェン)に出会った。

 万姫は輝くような(はく)(はつ)に、情熱深そうな()(れん)の瞳を持ち、出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいるという、女性が羨む身体をしていて、初めて会ったときその(えん)(れい)さに思わず雪梅は息を呑んだ。

 雪梅が()()れていると、万姫は満開の笑顔で彼女に『ごきげんよう。あなたが藍昭儀?』と声をかけてきた。

『は、はい。あの、あなたさまは……』
『わたくしは白家の娘。賢妃ですわ。……ねぇ、どうしてずっとひとりでいますの?』

 頬に手を添えて、こてんと首をかしげる万姫に問いかけられ、雪梅はワタワタと意味のない手の動きをした。万姫はクスッと笑い、『今度、一緒にお茶をしましょう』と雪梅の手をぎゅっと握った。

 万姫とはその頃からの付き合いだ。親睦を深めていくうちに、互いを尊重し合える親友になった――と雪梅は思っている。

 親友だと思っているのは、雪梅だけかもしれない。それでも――……雪梅は、万姫の明るさに救われていた。

 皇帝である天翊の容姿を知っていたのは、万姫から聞いていたからだ。

(陛下はあまり食べることがお好きではない、と聞いていたけれど……)

 なにが好物でなにが苦手なのか、は聞いたことがなかった。

 自分が作った料理に不満があったらどうしよう、と一瞬不安がよぎったが、その心配を振り払うように頭を左右に振る。

(とにかく、私がやれることをしっかりとやるだけよ)

 気合いを入れ直して、雪梅は食材と包丁を握って、無心に料理を作り続けた。