雪代宮に着き、林杏が待つ寝室に足を運ぶ。
扉を開けると、林杏が厳しい顔つきで雪梅と天翊に視線を向ける。
「……お久しぶりです、お母さま」
天翊はゆっくりと雪梅を下ろし、彼女はおそるおそる林杏に話しかけた。
「……ええ。それで、話というのは?」
血の繋がった家族とはいえ、林杏の態度は冷たかった。過去の嫌な記憶が一瞬脳裏によみがえる。ぎゅっと天翊に手を握られ、雪梅は目を閉じて深呼吸を繰り返す。
それから、顔をまっすぐに林杏に向け、笑顔を浮かべる。
「私を産んでくれて、ありがとうございました。この幸せは、お母さまが産んでくれなかったら得られなかった。だから、本当にありがとうございました」
感謝の気持ちを告げられるとは思わず、林杏はぎょっとしたように目を瞠った。
「ご覧の通り、私は今、天翊さまの子を宿しています。私はこの子を大切に育てたい。天翊さまと一緒に」
呆然としていた林杏は、複雑そうにくしゃりと顔を歪める。
幸せそうに微笑む雪梅が、最愛の夫とそっくりだったからだ。
林杏は雪梅が宿ったときの気持ちを思い出し、産んでからどうしても彼女のことを愛せなかった過去を思い起こす。
母であることよりも、夫の関心が娘へ向かうことを恐れた。いつも雪梅は、林杏の愛情を求めていたというのに。
愛を求めていた子どもが、誰よりも深く尊い愛を得た。
「……そう。わたくしが言えた義理ではありませんが、お身体にお気をつけて」
それは、母からもらった初めての温かい言葉だった。
雪梅の記憶にある限り、冷たい言葉を浴びせることはあっても、こんなに温かな言葉をもらったことはない。
「ありがとうございます。お母さま。――私は、自分の〝家族〟を一生涯愛し続けます」
にっこりと満面の笑みで、林杏を見つめる雪梅。天翊が彼女の肩を抱き、愛しそうに目を細める。
その様子を眺め、林杏は目を伏せ、「それでは失礼いたします」とその場から去ろうとした。
「雪梅は我が必ず幸せにする。約束しよう」
「……ありがとうございます」
林杏が部屋から出ていこうとした瞬間、天翊が彼女にはっきりと告げる。
弾かれたように振り向き、深々と頭を下げて、林杏は去っていった。
「……本当に、あれでよかったのか?」
「もちろんです。これから先、母に会うことはないでしょう。だからこそ、最後に温かな言葉をもらえたのだと思います」
今回だけ特別に、林杏を呼んでもらった。母との最後の会話は、雪梅にとってとても優しい記憶として残り、胸の中を満たした。
「私はこの子の母になるのですもの。下を向いてばかりではいられません」
天翊の子を宿したときから、雪梅の心は徐々に強くなっていった。それは、子のためでもあるが、一番の理由は天翊と鳳凰が選んだ皇后として、彼の隣に立ちたかったからだ。
「これからも、末永くよろしくお願いします」
「ああ、雪梅。こちらこそ、よろしく頼む」
天翊の唇が雪梅と重なる。触れるだけの、優しく熱い、誓いの口付けを交わす。
雪梅と天翊は、この後宮の片隅で、かけがえのない希望を自身の手に掴んだのだ。
――その後、龍の加護を受けた皇帝と鳳凰に選ばれた皇后は、晨明国をよりよい国に導き、国民たちから慕われ後世まで名を馳せた。
扉を開けると、林杏が厳しい顔つきで雪梅と天翊に視線を向ける。
「……お久しぶりです、お母さま」
天翊はゆっくりと雪梅を下ろし、彼女はおそるおそる林杏に話しかけた。
「……ええ。それで、話というのは?」
血の繋がった家族とはいえ、林杏の態度は冷たかった。過去の嫌な記憶が一瞬脳裏によみがえる。ぎゅっと天翊に手を握られ、雪梅は目を閉じて深呼吸を繰り返す。
それから、顔をまっすぐに林杏に向け、笑顔を浮かべる。
「私を産んでくれて、ありがとうございました。この幸せは、お母さまが産んでくれなかったら得られなかった。だから、本当にありがとうございました」
感謝の気持ちを告げられるとは思わず、林杏はぎょっとしたように目を瞠った。
「ご覧の通り、私は今、天翊さまの子を宿しています。私はこの子を大切に育てたい。天翊さまと一緒に」
呆然としていた林杏は、複雑そうにくしゃりと顔を歪める。
幸せそうに微笑む雪梅が、最愛の夫とそっくりだったからだ。
林杏は雪梅が宿ったときの気持ちを思い出し、産んでからどうしても彼女のことを愛せなかった過去を思い起こす。
母であることよりも、夫の関心が娘へ向かうことを恐れた。いつも雪梅は、林杏の愛情を求めていたというのに。
愛を求めていた子どもが、誰よりも深く尊い愛を得た。
「……そう。わたくしが言えた義理ではありませんが、お身体にお気をつけて」
それは、母からもらった初めての温かい言葉だった。
雪梅の記憶にある限り、冷たい言葉を浴びせることはあっても、こんなに温かな言葉をもらったことはない。
「ありがとうございます。お母さま。――私は、自分の〝家族〟を一生涯愛し続けます」
にっこりと満面の笑みで、林杏を見つめる雪梅。天翊が彼女の肩を抱き、愛しそうに目を細める。
その様子を眺め、林杏は目を伏せ、「それでは失礼いたします」とその場から去ろうとした。
「雪梅は我が必ず幸せにする。約束しよう」
「……ありがとうございます」
林杏が部屋から出ていこうとした瞬間、天翊が彼女にはっきりと告げる。
弾かれたように振り向き、深々と頭を下げて、林杏は去っていった。
「……本当に、あれでよかったのか?」
「もちろんです。これから先、母に会うことはないでしょう。だからこそ、最後に温かな言葉をもらえたのだと思います」
今回だけ特別に、林杏を呼んでもらった。母との最後の会話は、雪梅にとってとても優しい記憶として残り、胸の中を満たした。
「私はこの子の母になるのですもの。下を向いてばかりではいられません」
天翊の子を宿したときから、雪梅の心は徐々に強くなっていった。それは、子のためでもあるが、一番の理由は天翊と鳳凰が選んだ皇后として、彼の隣に立ちたかったからだ。
「これからも、末永くよろしくお願いします」
「ああ、雪梅。こちらこそ、よろしく頼む」
天翊の唇が雪梅と重なる。触れるだけの、優しく熱い、誓いの口付けを交わす。
雪梅と天翊は、この後宮の片隅で、かけがえのない希望を自身の手に掴んだのだ。
――その後、龍の加護を受けた皇帝と鳳凰に選ばれた皇后は、晨明国をよりよい国に導き、国民たちから慕われ後世まで名を馳せた。



