数日後、天翊に支えられながら、雪梅は以寧と万姫に会いに行った。
以寧と万姫は、後宮の隅に縄で縛られたまま、床の上にひれ伏せさせ、放置されていた。
そこは皇族しか入れない、後宮の秘密の場所。
普段はあまり使われていない、小さな宮。
質素な部屋の中で、四人はただ、黙り込んでいた。
沈黙を破ったのは、以寧だった。
「陛下! 善良なる陛下のしもべに、なぜこのような真似を!」
同情を誘うような悲痛な叫びだった。天翊は冷めた目で彼を見下ろす。
「善良? 貴様が?」
雪梅を気遣いながらも、天翊は呆れたように肩をすくめた。
「白賢妃に予算外の金を渡していただろう。ああ、白賢妃だけではないな。白家そのものに渡していたことも知っている。白家は限度を知らぬらしいな?」
「儂は自分の労働分の給金をもらっていただけだ!」
「きちんと決められた分は支給されていたが? それどころか、貴様らが犯してきた罪はとても重いものだ」
天翊はちらりと雪梅に視線をやると、彼女はすぅっと大きく息を吸った。親指と人差し指で丸を作り、指笛を鳴らす。
その音を聞きつけ、五色の羽を輝かせながら、鳳凰が姿を現した。
「鳳凰……!」
鳳凰は雪梅の肩で羽を休める。万姫はぶるぶると身体を震わせた。なぜ、雪梅の肩に鳳凰が――と、湧いてくる怒りに唇を噛み締める。
なにに対しての怒りなのかは、彼女自身にも理解できていなかった。
「……白賢妃、私、あなたにとても憧れていました」
雪梅は万姫に語りかける。
その声はとても静かだった。だが、芯のある澄んだ声でもあった。
「後宮で侍女しか味方がいなかったとき、あなたと出会えたことで私の世界は広がりました」
当時を懐かしむように目を細め、自身の腹部をそっと撫でる。
「……私は、白賢妃のことを親友だと、思っていました」
切なそうに話す雪梅。慰めるように天翊が彼女の背中をぽんと叩いた。
「ですが、あなたは違ったのですね。あなたの悪事を、私は知っています」
雪梅は感情を抑えながら、淡々と見目麗しい宮女や貴妃が行方不明になった事件の真相を語る。
「白賢妃の指示で、侍女たちが宮女と貴妃の命を奪ったこと――……許されることではありません」
「どうして、あんたがそれを――……!」
万姫がハッとして口を噤んだ。天翊は彼女を一瞥し、トントン、と雪梅の背中を叩いて、話の続きをうながした。
「鳳凰が、教えてくれました。鳳凰はこの後宮をずっと……見守ってくれていたのです」
鳳凰が傷ついていたのは、人の悪意をその身に受けたからだった。万姫だけではない。後宮に暮らしている多くの人たち。皆の悪意を感じ取り、傷ついてしまったからだと、雪梅に教えてくれた。
そして、その傷を癒せた雪梅こそ、この後宮に必要な人物だと、彼女を選んだ理由を語ったのだ。
「罪は、償ってこそ。私と天翊さまの子を狙ったのも、許せません」
凛とした表情で告げる雪梅。
万姫は、アハハハハッ! と不気味に笑い出した。
「いつもいつもいつも! わたくしの顔色をうかがっていた女が! 鳳凰に選ばれたですって!? こんなのおかしいわ! 皇后にふさわしいのは家柄も美貌もあるこのわたくしでしょう!?」
以寧から『お前が皇后になるんだよ』と、言われ続けてきた万姫は、この状況をどうしても理解できない。いや、したくないが正しいだろう。
自身のしてきた罪を反省するでもなく、自らが皇后にふさわしいと主張する万姫の姿はあまりにも見るに堪えられず、雪梅は顔を背けた。
「――醜い」
天翊の鋭い一言が、万姫の心を切り裂く。
「他者を見下すお前が、本当に美しいと言えるのか?」
「人には多少なりとも、自分と他者を比べることがあるでしょう!」
「あるだろう。だが、普通それは、人に見せてはいけない部分だ。それを堂々と態度に表す者が、皇后にふさわしい? おかしなことを物語るものだ」
呆れ果て肩をすくめる天翊。彼のこめかみには、青筋が立っていた。
以寧と万姫は、後宮の隅に縄で縛られたまま、床の上にひれ伏せさせ、放置されていた。
そこは皇族しか入れない、後宮の秘密の場所。
普段はあまり使われていない、小さな宮。
質素な部屋の中で、四人はただ、黙り込んでいた。
沈黙を破ったのは、以寧だった。
「陛下! 善良なる陛下のしもべに、なぜこのような真似を!」
同情を誘うような悲痛な叫びだった。天翊は冷めた目で彼を見下ろす。
「善良? 貴様が?」
雪梅を気遣いながらも、天翊は呆れたように肩をすくめた。
「白賢妃に予算外の金を渡していただろう。ああ、白賢妃だけではないな。白家そのものに渡していたことも知っている。白家は限度を知らぬらしいな?」
「儂は自分の労働分の給金をもらっていただけだ!」
「きちんと決められた分は支給されていたが? それどころか、貴様らが犯してきた罪はとても重いものだ」
天翊はちらりと雪梅に視線をやると、彼女はすぅっと大きく息を吸った。親指と人差し指で丸を作り、指笛を鳴らす。
その音を聞きつけ、五色の羽を輝かせながら、鳳凰が姿を現した。
「鳳凰……!」
鳳凰は雪梅の肩で羽を休める。万姫はぶるぶると身体を震わせた。なぜ、雪梅の肩に鳳凰が――と、湧いてくる怒りに唇を噛み締める。
なにに対しての怒りなのかは、彼女自身にも理解できていなかった。
「……白賢妃、私、あなたにとても憧れていました」
雪梅は万姫に語りかける。
その声はとても静かだった。だが、芯のある澄んだ声でもあった。
「後宮で侍女しか味方がいなかったとき、あなたと出会えたことで私の世界は広がりました」
当時を懐かしむように目を細め、自身の腹部をそっと撫でる。
「……私は、白賢妃のことを親友だと、思っていました」
切なそうに話す雪梅。慰めるように天翊が彼女の背中をぽんと叩いた。
「ですが、あなたは違ったのですね。あなたの悪事を、私は知っています」
雪梅は感情を抑えながら、淡々と見目麗しい宮女や貴妃が行方不明になった事件の真相を語る。
「白賢妃の指示で、侍女たちが宮女と貴妃の命を奪ったこと――……許されることではありません」
「どうして、あんたがそれを――……!」
万姫がハッとして口を噤んだ。天翊は彼女を一瞥し、トントン、と雪梅の背中を叩いて、話の続きをうながした。
「鳳凰が、教えてくれました。鳳凰はこの後宮をずっと……見守ってくれていたのです」
鳳凰が傷ついていたのは、人の悪意をその身に受けたからだった。万姫だけではない。後宮に暮らしている多くの人たち。皆の悪意を感じ取り、傷ついてしまったからだと、雪梅に教えてくれた。
そして、その傷を癒せた雪梅こそ、この後宮に必要な人物だと、彼女を選んだ理由を語ったのだ。
「罪は、償ってこそ。私と天翊さまの子を狙ったのも、許せません」
凛とした表情で告げる雪梅。
万姫は、アハハハハッ! と不気味に笑い出した。
「いつもいつもいつも! わたくしの顔色をうかがっていた女が! 鳳凰に選ばれたですって!? こんなのおかしいわ! 皇后にふさわしいのは家柄も美貌もあるこのわたくしでしょう!?」
以寧から『お前が皇后になるんだよ』と、言われ続けてきた万姫は、この状況をどうしても理解できない。いや、したくないが正しいだろう。
自身のしてきた罪を反省するでもなく、自らが皇后にふさわしいと主張する万姫の姿はあまりにも見るに堪えられず、雪梅は顔を背けた。
「――醜い」
天翊の鋭い一言が、万姫の心を切り裂く。
「他者を見下すお前が、本当に美しいと言えるのか?」
「人には多少なりとも、自分と他者を比べることがあるでしょう!」
「あるだろう。だが、普通それは、人に見せてはいけない部分だ。それを堂々と態度に表す者が、皇后にふさわしい? おかしなことを物語るものだ」
呆れ果て肩をすくめる天翊。彼のこめかみには、青筋が立っていた。



