何者かが、雪梅の寝室に入ってきた。

 一目散に雪梅を目指し、駆けていく。

「恨みはないが、雇い主からの依頼なんでな」

 まるで鋭利な刃物のように冷淡な物言いで、懐からなにかを取り出して雪梅に襲いかかろうとした瞬間――。

「私を殺すのですか?」

 目を開けた雪梅が、じろりと侵入者を睨む。

「なっ、こんな暗闇で、俺が見えるのか!?」

 雪梅はくすりと口角を上げた。ゆっくりと上半身を起こし、まっすぐに侵入者を見据えた。

 そして――一羽の鳥が、姿を現す。

 五色に輝く翼を持つ鳥だ。その鳥の名を知らない者は、(しん)(みょう)国にはひとりもいない。

「……(ホウ)(オウ)……!?」

 天翊の子を宿してから、鳳凰はたびたび雪梅の様子を確認しに来ていた。

 鳳凰も天翊と雪梅の子が無事に生まれるのを願っていたのか、そっとくちばしを腹部に触れさせ(元気な子になりますように)と、雪梅だけが聞こえる声で穏やかに祝福を与えていた。

 万姫から大量の贈り物をもらった日にも来ていたので、鳳凰は万姫が雪梅にした嫌がらせのことを知っている。

「……まさか、鳳凰自ら、雪梅を守っていたとは……」
「天翊さま、ずっとそちらに?」

 侵入者の背後から、ひとりごちる。びくりと両肩を上げた侵入者は、あっという間に捕らえられ、すべてを諦めたようにうなだれた。

「――誰に頼まれた?」
「…………」
「沈黙か。ならば当ててやろう。――白家の暗殺者よ」

 白家。その家名を耳にして、雪梅は万姫のこちらを見下す笑みが頭をよぎり、ふつふつと(いきどお)りを覚え、指先が白くなるほど拳を強く握りしめる。

 雪梅の怒りをなだめるように、鳳凰はすりすりと顔を擦りつけた。

「……鳳凰は雪梅を選んだ。皇后に白賢妃を選ぶことはない」

 断言した天翊に勇気づけられ、雪梅は口を開く。

「天翊さま。この者を殺さず、牢に入れることは可能ですか?」
「だが、この者は雪梅を……」
「……根から切らねば、同じことが繰り返されるだけです。証人として生かしましょう。そして、白家の者には、罪を償っていただかなければなりません」

 厳かな口調だった。自身と――なによりも大切な子どもを狙った相手に、情けをかけるつもりはなかった。

「そうしよう。雪梅、体調は大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます。もしかしたら……と思っていましたが、白賢妃は本当に私のことを……見下していたのでしょうね……」

 そのことを思うと雪梅の胸がチクリと痛む。胸元に手を置いて、自身の気持ちを落ち着かせ、意を決して真摯なまなざしを天翊に注ぐ。

「……お願いがございます、天翊さま」
「なんだ?」

 騒ぎに気づいた女官たちが、雪梅の寝室に集まった。

 女官が手にしていた燈籠に照らされた雪梅は、澄んだ瞳で自身の願いを口にした。

 ◆◆◆

 侵入者を捕らえた日から、天翊は雪代宮に宦官を送った。

 武術を習っていた宦官たちなので、雪梅たちの護衛のためだ。

 この一ヶ月、雪代宮に忍び込んだ侵入者は十人ほど。その全員が宦官たちによって捕らえられた。

 その者たちはみな、牢に入れられて、自白をさせた。

 白家の暗殺集団だと白状し、事細かに話し出した。どうやら、白家でも酷い扱いをされていたようで、ここまできたら白家は没落すると判断したらしい。

 彼らの証言を聞き、天翊は宦官を大勢引き連れ風花宮に向かい、宮の捜索を始めた。すると、数多くの呪術に関するものが見つかり、天翊は『後宮に害をなす者』として万姫の冷宮行きを心に決める。

 しかし、その前にどうしても、万姫と(イー)(ニン)に会いたいと雪梅は天翊に頼み込んだ。

 以寧もまた、宮廷で数多くの悪事を繰り返していた。

 天翊は雪梅をそんな悪人たちに面会せるのは気が引けた。彼女の意思の強いまなざしを受けた天翊は折れ、条件付きで以寧と万姫に会わせる許可を出した。