医官にはくれぐれも口外しないこと、と秘匿を約束させる。
天翊の鋭い眼光に、医官は何度もこくこくと首を振り、逃げるように雪代宮から出ていった。
「ご懐妊、おめでとうございます」
月鈴が丁寧に頭を下げ、心から祝福すると、ふたりは同時に「ありがとう」と微笑んだ。
懐妊が告げられた日から、雪梅の生活は一変した。天翊が雪代宮に女官を送り、雪梅が不自由せず暮らせるように、体制を整え始めた。
雪梅は今までずっと月鈴だけだったので、こんなに多くの人たちを送らなくても、と思っていたが、天翊の目がキラキラと輝いていたので、黙っている。
雪代宮で働き始めた女官たちは、遠慮がちに雪梅と月鈴に接していたが、しばらくすればすっかり打ち解け、それぞれいろいろな話をするようになった。
世の中にはさまざまな考えで、さまざまな人生を謳歌している人たちが多いことを知り、雪梅は目からうろこが落ちた。
「……世界は、広いのね……」
「わたしたち、狭い世界しか知りませんでしたからね……」
藍家と雪代宮だけが、雪梅と月鈴の世界だった。
だが、こうして別の人たちと話をしてみると、苦労をしない人はいないと改めて感じた。いろいろな経験をした人たちがいて、女官たちの話は聞いているだけでも勉強になり、彼女たちを雪代宮に派遣してくれた天翊に深く感謝したのは、記憶に新しい。
「お腹、大きくなってきましたね」
女官たちと親しくなるまでにかかった数ヶ月の間に、雪梅の腹部は膨らみ、つわりも落ち着いて、食事を楽しめるようになった。
どこから情報が洩れたのか、万姫は贈り物と称して、侍女たちにずっしりと重い翡翠や伽羅の香木と美しい香炉、高価な燕の巣や高麗人参などを雪代宮に運ばせていた。
出産を経験した女官は、それらがどんな意図で贈られたかを瞬時に把握し、万姫からの贈り物はすべて、雪梅の寝室から一番遠い場所に保管するように指示をした。
女官たちのおかげで、雪梅は万姫がどんな意図で贈り物を運んできたかを知らないまま日々を過ごしている。
「ええ、早く我が子に会いたいわ」
愛しそうに腹部を撫でる雪梅の顔つきは、女性から『母』へと変わっていった。
「わたしにも抱っこさせてくださいね」
「もちろんよ、頼りにしているわ」
月鈴と穏やかな会話をしていると、天翊が雪梅に会いにきた。彼女の姿を視界に入れると、パッと表情を明るくさせて抱きつく。
「執務お疲れさまでした。疲れたでしょう? 休んでいってくださいませ、天翊さま」
「ああ、雪梅に会うことだけを楽しみに、がんばってきたよ。いや、違うな。この子に会うことも楽しみだった」
天翊は身体を離すと、雪梅の腹部に手を添えて微笑んだ。
「体調はいかがですか?」
「とてもよい。完全に呪いを解呪できたようだ」
「なんだったのでしょうね……天翊さまを呪う、なんて……」
そこでふと、以前万姫が天翊に『おまじない』をかけていたと思い出す。
「……おまじない……? そういえばあれって、どんなものだったのかしら……」
天翊の鋭い眼光に、医官は何度もこくこくと首を振り、逃げるように雪代宮から出ていった。
「ご懐妊、おめでとうございます」
月鈴が丁寧に頭を下げ、心から祝福すると、ふたりは同時に「ありがとう」と微笑んだ。
懐妊が告げられた日から、雪梅の生活は一変した。天翊が雪代宮に女官を送り、雪梅が不自由せず暮らせるように、体制を整え始めた。
雪梅は今までずっと月鈴だけだったので、こんなに多くの人たちを送らなくても、と思っていたが、天翊の目がキラキラと輝いていたので、黙っている。
雪代宮で働き始めた女官たちは、遠慮がちに雪梅と月鈴に接していたが、しばらくすればすっかり打ち解け、それぞれいろいろな話をするようになった。
世の中にはさまざまな考えで、さまざまな人生を謳歌している人たちが多いことを知り、雪梅は目からうろこが落ちた。
「……世界は、広いのね……」
「わたしたち、狭い世界しか知りませんでしたからね……」
藍家と雪代宮だけが、雪梅と月鈴の世界だった。
だが、こうして別の人たちと話をしてみると、苦労をしない人はいないと改めて感じた。いろいろな経験をした人たちがいて、女官たちの話は聞いているだけでも勉強になり、彼女たちを雪代宮に派遣してくれた天翊に深く感謝したのは、記憶に新しい。
「お腹、大きくなってきましたね」
女官たちと親しくなるまでにかかった数ヶ月の間に、雪梅の腹部は膨らみ、つわりも落ち着いて、食事を楽しめるようになった。
どこから情報が洩れたのか、万姫は贈り物と称して、侍女たちにずっしりと重い翡翠や伽羅の香木と美しい香炉、高価な燕の巣や高麗人参などを雪代宮に運ばせていた。
出産を経験した女官は、それらがどんな意図で贈られたかを瞬時に把握し、万姫からの贈り物はすべて、雪梅の寝室から一番遠い場所に保管するように指示をした。
女官たちのおかげで、雪梅は万姫がどんな意図で贈り物を運んできたかを知らないまま日々を過ごしている。
「ええ、早く我が子に会いたいわ」
愛しそうに腹部を撫でる雪梅の顔つきは、女性から『母』へと変わっていった。
「わたしにも抱っこさせてくださいね」
「もちろんよ、頼りにしているわ」
月鈴と穏やかな会話をしていると、天翊が雪梅に会いにきた。彼女の姿を視界に入れると、パッと表情を明るくさせて抱きつく。
「執務お疲れさまでした。疲れたでしょう? 休んでいってくださいませ、天翊さま」
「ああ、雪梅に会うことだけを楽しみに、がんばってきたよ。いや、違うな。この子に会うことも楽しみだった」
天翊は身体を離すと、雪梅の腹部に手を添えて微笑んだ。
「体調はいかがですか?」
「とてもよい。完全に呪いを解呪できたようだ」
「なんだったのでしょうね……天翊さまを呪う、なんて……」
そこでふと、以前万姫が天翊に『おまじない』をかけていたと思い出す。
「……おまじない……? そういえばあれって、どんなものだったのかしら……」



