【完結】後宮の片隅で、希望を掴む

「我はそなたを番いと定めた。そのため、そなたには苦労をかけるだろう」

 天翊は淡々と雪梅に語りかける。

 雪梅はゆっくりと顔を上げる。彼女の頬に、天翊の温かな手が触れて、静かに近づいてきた。

 こつん、と額と額が重なる。

「白賢妃の行動には、警戒心を抱くように」
「……はい」

 天翊に諭され、万姫が自分のことを好いていないことは理解できた。

「……陛下。お願いがございます」
「お願い?」
「私に、陛下の名を呼ぶ権利をくださいませ」

 天翊の名を呼んでいた万姫の勝ち誇った笑みが脳裏によぎり、切実な思いを瞳に秘めて彼を見つめる。

「許す。我もそなたのことを名で呼ぼう。――雪梅」

 自身の名を、天翊が紡ぐ。『雪梅』という名が、心に沁み渡った。

「ありがとうございます。天翊さま」

 満開の花のように、雪梅は笑顔を咲かせる。

 その笑顔は、天翊の目にはとても(はかな)く映り、たまらず彼女のことを抱きしめた。

「……寝室に戻ろう」

 雪梅は天翊の腕の中で、こくりとうなずく。

 寝室まで歩く雪梅と天翊は、なにも話さなかった。

 寝台に雪梅を座らせ、天翊は彼女の唇を親指でなぞる。

「唇を重ねても?」

「許可を得なくても……私は天翊さまの妻のひとりです」
「いいや、雪梅からの許可がほしい」

 天翊から甘い声色で求められ、雪梅は恥じらいながら彼の服の袖を摘まんで、そっと目を閉じ、「触れてください」とささやいた。

 許可を得た天翊は唇を重ね――そのまま、夜を過ごした。

 ◆◆◆

 それから天翊は毎晩、雪代宮に通い始めた。後宮ではこの二ヶ月、その話題で持ちきりだ。

 身体を重ねて、甘い時間を過ごすうちに、雪梅は天翊と過去を語り合うようになった。

 雪梅は母から浴びせられた恨み言や、後宮での生活を語り、天翊は宮廷でともに働いている仲間のことや、龍のことを語る。

(この平穏な時間が、いつまでも続けばいいのに――……)

 心からそう願っていた雪梅だったが、それは突然終わりを告げた。

 月鈴が運んだ朝食の匂いを嗅いで、吐き気を(もよお)し、慌てた天翊が後宮の医官を呼び、彼女の身体を診察させる。

 医官はハッとして、天翊に振り返った。

「……ご懐妊です。食べ物の匂いで気持ち悪くなったのは、つわりでしょう」
「ご、ご懐妊!?」

 大声を上げたのは月鈴だった。慌てて口を覆い、おそるおそる雪梅と天翊の様子をうかがう。

 雪梅は開いた口が塞がらず、天翊もまた同じような表情をしていた。

 ふたりの顔があまりにもそっくりだったので、月鈴はまた驚いたのだ。

「そうか……そうか。我の子が宿っているのだな」
「そのようですね……なんだか、不思議な気持ちです」

 まだ実感が湧いていない雪梅。腹部を擦ってみるが、本当に子を宿しているのだろうかと不安を抱く。

 天翊はそんな雪梅の懸念を拭うように彼女を抱きしめ、雪梅の腹部に手を添えた。

「なにがあっても、そなたたちを守る」

 決意を宿した瞳で、天翊は雪梅に誓いを立てた。