万姫は自身もお茶を飲み、頬に手を添えてこてんと首をかしげる。
「それにしても、驚いたわぁ。雪代宮に天翊さまがいらっしゃるのだもの」
ぴくり、と雪梅の肩が揺れた。核心に迫ったような話題だが、万姫の口調は軽い。さらりと皇帝の名前を呼んでいることに、雪梅の心がズキッと痛んだ。
「ええ、私も驚きました」
「天翊さまとは、どんなことを話していたの?」
「どんな……そうですね、私は学がないので、この国の創世のお話を教えてくださいました」
「創世……ああ、あのおとぎ話みたいな物語ね」
肩をすくめて万姫は、煎った胡桃をひとつ摘まんでぱくりと食べる。
「どうして天翊さまが、藍昭儀の宮にいたのかしら?」
「陛下の体調不良を放っておけなかったので、雪代宮で休んでいただきました」
嘘ではない。あの日、天翊はフラフラとした足取りで歩いていた。
「……そう。でも、まぁ、天翊さまはきっと、わたくしを選ぶと思うの」
「え?」
「だから、天翊さまに優しくされたからといって、心を許してはだめよ。あの方にはわたくしのほうがふさわしいでしょう?」
自信満々に笑みを浮かべる万姫。チクチクと細い針で心臓を刺されているような痛みを感じ、雪梅はぎゅっと拳を握る。
「……そう、ですね。白賢妃は、お美しいから……」
「でしょう? それに、わたくしには『おまじない』があるもの」
「……? 『おまじない』ですか?」
「お父さまから聞いたの。このおまじないをすれば、いつか天翊さまがわたくしを選ぶって」
勝ち誇るように会心の笑みを見せつける万姫に、今までの思い出が黒く染まっていく。それに耐えきれなくなり、雪梅は立ち上がった。
「申し訳ございません。体調が優れないので、今日は失礼いたします」
「あら、体調が悪いときに誘ってしまい、申し訳ないわね。今日のお茶をわけてあげるから、飲むといいわ。さっきも言ったけれど、冷えは大敵だからね」
侍女に茶葉を包むように伝えると、頼まれた侍女は「すでに用意しております」と差し出してきた。
月鈴は侍女からお茶を受け取り、雪梅は逃げるように風花宮を出ていく。
雪梅を追って、月鈴も風花宮を出る。
「藍昭儀……」
「……どうしてかしら。白賢妃との会話が、こんなに苦しくなるんて……」
雪梅は風花宮から遠く離れた場所で足を止め、切なそうに声を震わせた。
万姫を信じて疑わなかった雪梅には、今までの彼女の上から目線に気づけなかったようだ。
「……私が愚かだったのよね」
両手を胸元に置くと、過去の万姫の発言が頭によみがえる。
『あなたみたいな人と一緒にいられて、嬉しいわ。これからもよろしくね?』
にっこりと微笑んだ万姫の視線が冷ややかだったこと、刺繍の出来を褒められたときも、『まぁ、見事な出来ね。こんなにも単調な作業を根気よく続けるなんて、わたくしにはできませんわ』と遠回しの嫌味を言われたこと。
これまでの彼女との会話が、今になって雪梅の心をえぐった。
「藍昭儀……」
月鈴は悔しそうに唇を噛み締める。本当は、ずっと前から知っていた。万姫が自分の承認欲求を満たすため、雪梅を道具のように利用していたことを。
「それにしても、驚いたわぁ。雪代宮に天翊さまがいらっしゃるのだもの」
ぴくり、と雪梅の肩が揺れた。核心に迫ったような話題だが、万姫の口調は軽い。さらりと皇帝の名前を呼んでいることに、雪梅の心がズキッと痛んだ。
「ええ、私も驚きました」
「天翊さまとは、どんなことを話していたの?」
「どんな……そうですね、私は学がないので、この国の創世のお話を教えてくださいました」
「創世……ああ、あのおとぎ話みたいな物語ね」
肩をすくめて万姫は、煎った胡桃をひとつ摘まんでぱくりと食べる。
「どうして天翊さまが、藍昭儀の宮にいたのかしら?」
「陛下の体調不良を放っておけなかったので、雪代宮で休んでいただきました」
嘘ではない。あの日、天翊はフラフラとした足取りで歩いていた。
「……そう。でも、まぁ、天翊さまはきっと、わたくしを選ぶと思うの」
「え?」
「だから、天翊さまに優しくされたからといって、心を許してはだめよ。あの方にはわたくしのほうがふさわしいでしょう?」
自信満々に笑みを浮かべる万姫。チクチクと細い針で心臓を刺されているような痛みを感じ、雪梅はぎゅっと拳を握る。
「……そう、ですね。白賢妃は、お美しいから……」
「でしょう? それに、わたくしには『おまじない』があるもの」
「……? 『おまじない』ですか?」
「お父さまから聞いたの。このおまじないをすれば、いつか天翊さまがわたくしを選ぶって」
勝ち誇るように会心の笑みを見せつける万姫に、今までの思い出が黒く染まっていく。それに耐えきれなくなり、雪梅は立ち上がった。
「申し訳ございません。体調が優れないので、今日は失礼いたします」
「あら、体調が悪いときに誘ってしまい、申し訳ないわね。今日のお茶をわけてあげるから、飲むといいわ。さっきも言ったけれど、冷えは大敵だからね」
侍女に茶葉を包むように伝えると、頼まれた侍女は「すでに用意しております」と差し出してきた。
月鈴は侍女からお茶を受け取り、雪梅は逃げるように風花宮を出ていく。
雪梅を追って、月鈴も風花宮を出る。
「藍昭儀……」
「……どうしてかしら。白賢妃との会話が、こんなに苦しくなるんて……」
雪梅は風花宮から遠く離れた場所で足を止め、切なそうに声を震わせた。
万姫を信じて疑わなかった雪梅には、今までの彼女の上から目線に気づけなかったようだ。
「……私が愚かだったのよね」
両手を胸元に置くと、過去の万姫の発言が頭によみがえる。
『あなたみたいな人と一緒にいられて、嬉しいわ。これからもよろしくね?』
にっこりと微笑んだ万姫の視線が冷ややかだったこと、刺繍の出来を褒められたときも、『まぁ、見事な出来ね。こんなにも単調な作業を根気よく続けるなんて、わたくしにはできませんわ』と遠回しの嫌味を言われたこと。
これまでの彼女との会話が、今になって雪梅の心をえぐった。
「藍昭儀……」
月鈴は悔しそうに唇を噛み締める。本当は、ずっと前から知っていた。万姫が自分の承認欲求を満たすため、雪梅を道具のように利用していたことを。



