「白賢妃がいらっしゃいました!」
「白賢妃が? こんな時間に?」
時刻は卯の刻(午前五時~七時)。万姫がこんな時間に雪代宮を訪れることなどなかったため、雪梅は驚きを隠せない。
「――相変わらず、嗅ぎつけるのが早いな」
眉間に皺を刻み、苛立ったような口調でつぶやく天翊。彼は雪梅を立たせ、一緒に雪代宮門前まで移動した。
門前には万姫が自身の侍女を侍らせて、雪梅のことを待っていた。
姿を見せた雪梅と天翊に驚愕し、目を限界まで見開いてから、口元を扇子で隠して目だけ三日月のように細める。
「なぜ、雪代宮に陛下がいらっしゃいますの?」
顔は笑っているが、声色には鋭い棘が含まれていた。
「そなたには関係ないと思うが?」
天翊も、それに負けない棘を含ませ言い放つ。
万姫の赤い瞳が冷たさを帯びるのを感じ、雪梅はふたりを交互に見た。
「我は執務に戻る。藍昭儀、しっかり食べるのだぞ」
「は、はい……! お仕事、がんばってくださいませ」
打って変わって優しい声色で話しかけられた雪梅は、天翊に頭を下げる。
スタスタと早足で雪代宮から去っていく天翊の背中を見送っていると、万姫が「お待ちください、陛下!」と天翊を追っていった。
雪梅には目もくれないで。待って、と手を伸ばそうとした雪梅は、そっと拳を作り胸に押し付け、万姫を見つめていた。
(――本当は、わかっていたの。白賢妃にとって、私は『親友』ではないことを)
ズキンと心が痛む。上級妃に優しくされたことで、自身の価値が上がるわけでもないのに、と目を伏せた。自身の気持ちを切り替えるために頬を両手でパンッと叩く。
「藍昭儀……」
「……月鈴、食事を持って来てくれる? ちゃんと食べないとね。陛下にも言われてしまったし」
「は、はい、すぐに用意します!」
雪梅を気にかけて、ふたりのあとを追っていた月鈴が、彼女を呼ぶ。雪梅はくるりと振り返り、微笑んだ。
天翊が自分のことを心配してくれているのだと理解し、そのためにもまずは少し食べる量を増やさなくてはと結論を出す。
(白賢妃は、私になんの用だったのだろう?)
後殿に続く廊下を歩きながら、雪梅は万姫が雪代宮を訪れた理由をよくよく考えた。
もしかしたら、天翊がこの宮にいることを知っていたのかもしれない。
(でも、それならどうしてあんなに驚いたの?)
思考を巡らせれば巡らせるほど、疑問が増えていき、雪梅はため息を漏らす。
天翊を追いかけた万姫は、いったいどんな会話を彼とするのだろうか。楽しそうに話す万姫と、憮然とした天翊を心に描き、胸の内がモヤモヤとして苦しくなる。
釈然としない気持ちを、雪梅はその日初めて知った。
「白賢妃が? こんな時間に?」
時刻は卯の刻(午前五時~七時)。万姫がこんな時間に雪代宮を訪れることなどなかったため、雪梅は驚きを隠せない。
「――相変わらず、嗅ぎつけるのが早いな」
眉間に皺を刻み、苛立ったような口調でつぶやく天翊。彼は雪梅を立たせ、一緒に雪代宮門前まで移動した。
門前には万姫が自身の侍女を侍らせて、雪梅のことを待っていた。
姿を見せた雪梅と天翊に驚愕し、目を限界まで見開いてから、口元を扇子で隠して目だけ三日月のように細める。
「なぜ、雪代宮に陛下がいらっしゃいますの?」
顔は笑っているが、声色には鋭い棘が含まれていた。
「そなたには関係ないと思うが?」
天翊も、それに負けない棘を含ませ言い放つ。
万姫の赤い瞳が冷たさを帯びるのを感じ、雪梅はふたりを交互に見た。
「我は執務に戻る。藍昭儀、しっかり食べるのだぞ」
「は、はい……! お仕事、がんばってくださいませ」
打って変わって優しい声色で話しかけられた雪梅は、天翊に頭を下げる。
スタスタと早足で雪代宮から去っていく天翊の背中を見送っていると、万姫が「お待ちください、陛下!」と天翊を追っていった。
雪梅には目もくれないで。待って、と手を伸ばそうとした雪梅は、そっと拳を作り胸に押し付け、万姫を見つめていた。
(――本当は、わかっていたの。白賢妃にとって、私は『親友』ではないことを)
ズキンと心が痛む。上級妃に優しくされたことで、自身の価値が上がるわけでもないのに、と目を伏せた。自身の気持ちを切り替えるために頬を両手でパンッと叩く。
「藍昭儀……」
「……月鈴、食事を持って来てくれる? ちゃんと食べないとね。陛下にも言われてしまったし」
「は、はい、すぐに用意します!」
雪梅を気にかけて、ふたりのあとを追っていた月鈴が、彼女を呼ぶ。雪梅はくるりと振り返り、微笑んだ。
天翊が自分のことを心配してくれているのだと理解し、そのためにもまずは少し食べる量を増やさなくてはと結論を出す。
(白賢妃は、私になんの用だったのだろう?)
後殿に続く廊下を歩きながら、雪梅は万姫が雪代宮を訪れた理由をよくよく考えた。
もしかしたら、天翊がこの宮にいることを知っていたのかもしれない。
(でも、それならどうしてあんなに驚いたの?)
思考を巡らせれば巡らせるほど、疑問が増えていき、雪梅はため息を漏らす。
天翊を追いかけた万姫は、いったいどんな会話を彼とするのだろうか。楽しそうに話す万姫と、憮然とした天翊を心に描き、胸の内がモヤモヤとして苦しくなる。
釈然としない気持ちを、雪梅はその日初めて知った。



