小厨房でお湯を沸かしてどの茶葉がいいかと吟味していると、月鈴が顔を覗かせた。

「おはようございます。お茶ですか?」
「おはよう。ええ、陛下のお話を聞くから、お茶を用意しようと思って……」
「陛下の? でしたら、わたしが用意しますよ。お茶は……玉露にしましょうか」

 月鈴はテキパキと茶葉を選び、お湯を沸かし始めた。

「陛下とのお話でしたら、わたしは聞かないほうがいいでしょうか?」
「わからないわ。でも、あなたにも聞いてもらったほうがいいかも……」

 お茶の準備が終わったら、天翊に聞いてみようと話す雪梅が硬い面持ちだったので、月鈴はキョトンとした。

 準備を終え、雪梅の寝室に戻る。

 椅子に座っている天翊は、ふたりの足音に気づいて視線を向けた。

「侍女か」
「はい。私の唯一の味方です」
「……そうか」

 きっぱりと言い切った雪梅に目を見開く月鈴。

 雪梅の発言は月鈴の心に沁み込み、涙が目尻ににじむくらい感激した。

 だが、皇帝の前で泣くのはいけない、と唇を噛み締めて耐える。

 月鈴は雪梅も座るようにうながし、手際よくお茶を()れてふたりに渡す。

 天翊は雪梅の後ろに立つ月鈴に視線を移してから、お茶を飲んだ。

「この話は我らだけの秘密にできるか?」

 茶杯を置いて、腕を組み(おごそ)かに雪梅と月鈴に問いかける。

 ふたりは神妙な顔で首を縦に振り、「もちろんです」と同時に言った。

「うむ、そなたたちを信じよう」

 天翊は長案に肘をつき、手を組んで目を伏せる。

 そして、ゆっくりと口を開く。

「晨明国の成り立ちに、龍と鳳凰が関わっていることを知っているか?」
「存じております」

 雪梅は、晨明国の創世神話を思い返しながら答えた。

 気が遠くなるくらい昔の話。

 長く続いていた天災を、龍が選んだ天子と鳳凰が選んだ(きさき)が奇跡を起こし、天災をおさめ、暗雲が晴れて太陽を覗かせたので、暗雲の時代の明け方という意味を込めて晨明国と名づけられた。

「龍は晨明国の守護神として、王族に加護を与えている。それは、この時代でも、だ」

 天翊は淡々とした口調で、話を進めていく。

「そして、それは鳳凰も同じ。だが、鳳凰は何者かによって傷つけられ、その姿を数十年見せなくなった」
「……ならば、私が手当てしたという鳳凰は……」
「そなたに皇后の素質を見出し、姿を見せたのだろう」

 雪梅は眉を曇らせる。どう考えても、自身が皇后にふさわしいとは思えなかったからだ。

「……私が皇后なんて……。務められるでしょうか……?」

 天翊は目を開けて、雪梅を直視する。彼の表情はとても穏やかで、迷いのない瞳をしている。

「無論だ。現に我は、そなたに助けられている」
「……えっ?」
「言っただろう。我の体調不良は、そなたに触れることで解消される、と」

 ふっと柔らかく微笑む姿に雪梅の鼓動はドクンと、大きな音を立てた。